電子制御システムは今や自動車の操作をつかさどる「頭脳」だ。今回のトヨタの件では誤作動による急加速が問題視されているが、車の乗り味やIT(情報技術)を駆使した新サービスなど自動車の競争力を左右する「秘中の秘」でもある。捜査や議会の場でレクサスやプリウスの電子制御システムが丸裸にされれば、「トヨタの競争力低下につながりかねない」と危惧する声もある。
米政府の陰謀説─。トヨタの品質問題がこれほど騒がれたことに、こんなシナリオをささやく向きもあるが、この表現は必ずしも正しくない。トヨタ自身の対応のまずさと、米国民の安全確保という「大義」が直接的な引き金だろう。だが底流にやはり、米自動車産業擁護の思惑が存在するのは間違いない。
元ホンダで米国に駐在経験のあるフライシュマン・ヒラード・ジャパンの田中慎一社長も、「かつての摩擦ほど米政府の意図は感じないが、米自動車産業やUAW(全米自動車労組)がさかんにロビー活動をしているのは確かだろう」と見る。
「いやはや、あれにはびっくりしたよ」。経済産業省幹部は振り返る。米政府は「日本のエコカー補助金の対象に、米国車が1台もないのは不当」と批判。1月12日のクリントン国務長官と岡田克也外相の会談でさらに圧力を受け、わずか1週間で米国車も対象に入るよう基準を見直した。
「日本ではハマーの『H3』も低燃費車」(米紙ニューヨーク・タイムズ電子版)。燃費の悪い車の代表格だったハマーがエコカー補助の対象になることは米メディアも驚くほど。米国側はその後も圧力をかけ、米国車が対象になりやすいよう燃費基準そのものも「米国方式」にするよう要請した。「さすがにこれは突っぱねた」(経産省幹部)が、対日圧力と米国車支援に傾く米議会内部の「意志」を内外に強く印象づけた。
中間選挙とGMの出口戦略
日本車の輸出攻勢が激しかった80年代初めには、デトロイト近郊で日本車をハンマーでたたき壊す事態が発生し、日本車大手の相次ぐ現地生産化につながった。92年には当時のブッシュ大統領が米ビッグスリーのトップらを引き連れて来日。日米自動車部品摩擦に発展し、日本車は現地調達率拡大を迫られた。2度の摩擦と今回とでは日米の経済環境は違うが、共通点もある。日本車の攻勢と米国車の低迷という構図である。
そこに2つの要因が重なった。
1つは今秋を予定する米中間選挙だ。雇用悪化と支持率低下に直面するオバマ政権にとって、自国産業や雇用を最優先する保護主義的な政策はかぐわしい「媚薬」に映っているに違いない。議員も事情は同じ。エコカー補助制度見直しで活躍したレビン下院議員(民主)は「日米摩擦のたびに名が挙がる」(日本の自動車関係者)筋金入りのビッグスリー擁護派だ。ミシガン州選出のディンゲル下院議員(民主)も日本車批判の急先鋒。トヨタ問題で有名になったアイサ下院議員(共和)はカリフォルニア州の選出。トヨタがGMとの合弁工場閉鎖を決め、昨年レクサスで死亡事故が起きた州だ。議会内外でのパフォーマンスは有権者への格好のアピールとなる。
もう1つの要因は、昨年経営破綻したGMの「EXIT(出口)戦略」である。米政府はGMに500億ドルもの巨費を投じた最大のスポンサー。今も6割を出資し、ガバメント・モーターズとも揶揄される。本来は今年秋の再上場で株式を一部放出し、早期の「投資回収」を狙っていたが、GMの再建が遅れており事実上来年以降に先送りしていた。GMの再建を軌道に乗せることは、税金回収と支持率回復を急ぐ政府にとって最優先課題と言える。