中東を読み解く

2017年10月17日

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 イラクで再び、民族・宗派紛争の悪夢が再燃した。政府軍がクルド自治政府の実行支配する北東部の油田地帯キルクーク州に進撃し、一部交戦が伝えられるなど情勢は一気に緊迫。過激派組織「イスラム国」(IS)の壊滅作戦が終幕を迎える中、クルド地域の緊張はイラクの将来に暗い影を落とし始めた。

9月29日に封鎖されたイラクのクルド人自治区にあるアルビル国際空港、クルド経済にとって痛手となっている(Chris McGrath/Getty Images )

内部分裂も表面化

 イラクのアバディ政権は数日前から、軍精鋭の第9師団の対テロ部隊、連邦警察、シーア派民兵軍団をキルクーク周辺に集結させていたが、突然、自治政府に対し、武装組織ペシュメルガを10月15日午前2時までに同州から退去させるよう最後通告。この通告期限切れ後に対テロ部隊などが進軍した。

 これまでに伝えられているところによると、イラク軍側はキルクーク市郊外の軍事基地をはじめ軍事拠点、警察署、油田数カ所など「州の広大な地域」(国営放送)を掌握した。イラク軍の進撃に対して、ペシュメルガとの間で一部交戦があった。ペシュメルガの兵士の複数の遺体がネット上に掲載され、「これが政府への不服従の結果だ」とのコメントも流された。

 ペシュメルガとイラク軍が現在、本格的な戦闘に発展していないのはペシュメルガ側に内部分裂があったからのようだ。バルザニ自治政府議長率いる「クルド民主党」(KDP)が徹底抗戦を主張しているのに対し、対立する「クルド愛国同盟」(PUK)は中央政府との間で、キルクークからの撤退で一方的に合意した、という。

 KDPがPUKに強く反発しているものの、今後の戦闘の行方は不透明。アバディ政権がクルド人の対立をうまく利用して内部分裂を起こさせることに成功したとも言えそうだが、内乱という悪夢再燃のリスクは消えていない。

“今日の同盟者は明日の敵”

クルド人居住地域(PeterHermesFurian/iStock) 写真を拡大

 クルド人とイラク中央政府との衝突はイラクからISが一掃されれば、次に来るリスクとして懸念されてきた。クルド人は1980年代からサダム・フセイン独裁政権の弾圧を受け、化学兵器などで10万人が虐殺されたといわれるなど苦境に喘いできた。

 しかし、1990年の湾岸戦争以降、米国の支援の下で北部に自治政府を樹立し、イラク連邦国家の一員ながら一定の自治権を行使してきた。2014年、ISがシリアからイラクに侵攻した際、州都キルクーク一帯に駐屯していた政府軍が任務を放棄して逃亡したため、一時的にISが占領。その後、クルド人の武装組織ペシュメルガがISを撃退してキルクークを実行支配してきた。

 同州のキルクーク油田は最盛期には約150万バレル(日量)の産油量を誇り、現在でも70万バレル(同)を生産。自治政府はこのキルクーク油田からの石油も含め55万バレルを輸出し、年間80億ドルを稼ぎ、政府運営の主要な収入源としてきた。

 イラク中央政府と自治政府は過去、この油田という莫大な利権の存在故に同州の管轄権をめぐって争ってきたが、皮肉にもISの侵攻によって、対立を棚上げにして同盟関係を強化し、共通の敵であるISと戦ってきた。

 しかし、自治政府が9月25日、中央政府の「憲法違反」との非難を押し切ってクルド独立国家の是非を問う住民投票を実施。しかも係争地であるキルクーク州でも投票を強行したことがアバディ政権の怒りに火を付けた。同州はクルド人のほか、アラブ人やトルクメン人など多民族、多宗派が居住する地域であることも政権の反クルド感情を高めた。

 アバディ政権は住民投票後、交渉を求める自治政府の要求を一蹴し、海のないクルド自治区を“陸の孤島”として封じ込める作戦を開始。自治区にある2つの国際空港を閉鎖に追い込み、自治区とイラン、トルコ両国との国境の封鎖に動いた。すでにイランはイラク政府の求めに応じて封鎖した、という。トルコも石油パイプラインの閉鎖をちらつかせるなど、自治政府の窮状は深刻になりつつある。

 ベイルート筋は「”今日の同盟者は明日の敵”という、うつろいやすい中東政治を浮き彫りにする出来事だ。民族・宗派の内乱がシーア派の中央政府とクルド人だけにとどまらず、反政府のスンニ派にも波及する恐れが強い」と指摘。今後、イラクの分断がさらに進むとの見通しを明らかにした。

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