WEDGE REPORT

2017年10月30日

»著者プロフィール

 アフリカ・ナイジェリアの過激組織「ボコ・ハラム」による誘拐した少女らを使った”人間爆弾”(ユニセフ)テロが続いている。世界の光が当たらない中、こうした爆弾事件はすでに昨年の2倍に上っており、人混みに送り込んで少女らを自爆させる卑劣なテロはいつになったら止められるのか。

(dimapf/iStock)

“結婚”拒否され自爆を強制

 ボコ・ハラムの悪名が広く知られるところになったのは、2014年に同国北東部の学校から276人の女子学生を誘拐した事件。これまでに約80人が解放されたが、なお残りは行方不明のままだ。ボコ・ハラムは現地の言葉で「西洋の教育は罪」という意味で、とりわけ少女らを自爆テロに利用する卑劣な手口が特徴だ。

 その少女らの自爆テロが今年に入ってから、ナイジェリアや隣国カメルーンなどで急増。米紙ニューヨーク・タイムズ(25日付)は自爆テロから辛くも逃げおおせた18人の少女とのインタビューを掲載し、その悲惨な実態を明るみに出している。

 こうした少女の1人ハジザ(16)によると、ボコ・ハラムに誘拐された後、戦闘員に“結婚”を迫られた。“結婚”とは通常の場合、事実上のレイプのことであり、妊娠させることを目的とすることが多い。生まれてくる子供を組織の戦闘員とするためだ。

 ハジザがこの“結婚”を拒絶すると、2、3日後に幹部のところに引き立てられ、「お前は最高に幸せに包まれるところに行くのだ」と言われた。ハジザは家に帰れると思ったが、幹部は自爆して天国に行くことに言及していたのだ。ある夜、戦闘員らがハジザのところにやって来て、腰に自爆ベルトを巻いた。

 彼女は同じように自爆ベルトを装着された12歳の少女とともに徒歩で組織のキャンプを出され、ナイジェリア人が暮らす難民キャンプで自爆するよう指示された。同国北東部は過去8年間のボコ・ハラムとの戦争で200万人もの難民が流出、標的とされたのはそうした難民キャンプの1つだった。

 「死んで他の人々も殺すのを分かっていた。死にたくなかった」。ハジザらは撃たれることを恐れながら、必死に軍の検問所に近づき、事情を説明。兵士らになんとか自爆ベルトを外してもらって、12歳の少女とともに事なきを得た。

 15歳のアイシャは父親と10歳の弟と一緒にボコ・ハラムに捕まった。父親はすぐに殺害された。間もなく弟は爆弾を装着され、2人の戦闘員にバイクに乗せられ走り去った。戦闘員は歓声を上げて戻ってきたが、弟の姿はなかった。弟は政府軍の兵舎で自爆させられ、何人かを殺したのだという。戦闘員らは「弟は不道徳な連中を殺した」と泣き叫ぶ彼女に言った。

 この後、戦闘員らは今度はアイシャに爆弾を装着し、弟と同じ兵舎で自爆するよう連れていった。アイシャは人々を巻き込まないよう、離れたところで起爆装置を作動しようといったんは思ったが、考えを変えて、軍兵士のところに行き、爆弾を外してくれるよう頼み、やっとの思いで生き長らえた。

 ハジザやアイシャのほか、集団で自爆テロに向かわされ、前を歩く女性の爆弾が爆発して体がばらばらに吹っ飛ぶところを目撃し、気絶して助かった少女もいる。赤ちゃんをおぶったまま自爆した少女もいる。ユニセフによると、ナイジェリアやその周辺国で今年、110人の子供たちが自爆テロに使われ、うち76人はほとんどが15歳以下の少女だった。中には7、8歳の子供もいる。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る