ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年11月16日

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哲学問題を、額に汗して考え抜いた師・大森荘蔵を継承して、
“哲学的思考とは何か”を実践的に探求し続ける野矢茂樹氏。
著書『新版 論理トレーニング』は、哲学分野で異例のロングセラー。
本気で考えることの快楽を語らせたら、右に出る者はない。

高井ジロル(以下、●印) 先生は何哲学者なんですか。専門は分析哲学? 言語哲学? 論理学?

野矢茂樹教授(以下、「――」) 哲学というのはそういう質問に答えにくいものです。科学者なら研究しているものを見せればいいんでしょうが、哲学ではなかなかそういうものが見せられないのでね。

野矢茂樹教授

 だから、肩書きはただの哲学者。専門は哲学。もう少し気分を出すなら、現代哲学か、あるいは分析哲学。言語哲学とか科学哲学ということはない。授業ではやりますが、専門ではない。哲学というのは、いろいろな問題がからみあっているジャングルみたいなもの。何哲学者なのかと聞かれるのは、ジャングルをパッと見て、ここに何の木が生えているのか教えてください、と言われているようなものです。ジャングルって、それはもういろいろなものが生えているでしょ。

●では、一番気になっているのはどんな問題ですか。

——以前、岩波文庫版の翻訳をやるためにウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』としばらく格闘したことがあるんですが、この本の最後に「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という非常に有名な言葉が出てきます。この言葉から、いまにつながる仕事が始まりました。「沈黙なんかしていられるか! 語りえぬものをどうにかしてあぶり出してやろうじゃないか!」と思ったんです。

●語りえないとされるものを語ろうとしているんですね。

著書『論理トレーニング』はロングセラー。現在は新版が出ている。

——いや、「語る」と言ったら言い過ぎです。そもそも「語りえぬもの」だから、語れない。できるのは「あぶり出す」くらいでしょう。語りえないものをどうやってあぶり出すのか、というのが僕のコアな問題です。

●「語りえぬもの」って、いったいどういうものなんでしょう。

——たとえば、「物自体」というカントの考えた言葉がそうです。人間が経験するものは現象だとしたカントは、現象の背後にその現象を引き起こすものとして物自体があり、物自体はわれわれが認識することができない、と考えました。この物自体は、認識できず、語ることもできないものです。「これは椅子です」「これは机です」とは言えるので、椅子や机については語れるけれども、椅子とか机の背後にある物自体については語れません。

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