WEDGE REPORT

2010年11月22日

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竹中明洋

1973年生まれ。ロシア・サンクトペテルブルグ大学に留学し、サハリンや択捉島、国後島でも取材。

実効支配の象徴「ギドロストロイ」

 ロシアによる実効支配の強化は現地企業の成長にも表れている。その筆頭格が択捉島に本社があるギドロストロイ社だ。軍の将校だったベルホフスキー氏が91年に設立した会社で、自前の船団による漁業や水産加工から建設業や金融まで手がけ、今では北方領土では群を抜く大企業になっている。政府から優先的に漁業権の割当を受けていると言われ、豊富な水産資源を押さえているのが強みだ。サケマスやカニなどを択捉島や色丹島に4つある工場で加工し、需要が急速に伸びている中国のほか欧米や韓国にも輸出している。

 10年前は500人ほどだった従業員の数は3000人を超え、とりわけ択捉島では就労人口の大半がギドロストロイで働く。08年の納税額は30億円近くと択捉島行政府の予算の8割に上り、島内には直営のホテルやスポーツジム、温泉まである。

 政府のプログラムの多くを請け負うのもギドロストロイだ。択捉島の平均賃金は北方領土を管轄するサハリン州で最も高く、遠く中央アジアからも出稼ぎ労働者が集まる。実効支配を強固にするには産業の振興が欠かせないとするロシア政府にとってギドロストロイほど頼もしい存在はないだろう。創業者のベルホフスキー氏はプーチン首相とも太いパイプを持つと言われ、去年12月には連邦の上院議員にも選出された。

 じつは、こうしたギドロストロイの成功に深く関わっているのが、北方領土を訪れる日本のビジネスマンたちだ。そのひとり、今年も島に行ったという機械メーカーの幹部によると「性能の良い日本製の機械は人気が高い。ロシアのビザで取引に行く日本人は年に100人は下らないのではないか」という。

 日本政府はロシアのビザを取得して北方領土に渡航することはロシアの領有権を容認することにつながりかねないとして、ビザなし渡航を除いて島への渡航自粛を求めている。しかし、法的な拘束力はなく、現実にはロシアのビザを取って島を訪れる日本人が後を絶たない。

 実態を知るために、私は北方領土と日本を行き来する東京や北海道の水産会社や商社、機械メーカーの関係者から直接、話を聞いた。いずれも口が重く、取引額などは明らかにしなかったが、話を総合すると大まかな実態が浮かび上がってくる。

 現地での取引はギドロストロイとのものが中心で、他の現地企業との取引とは規模が全く違うという。島には水産物の買いつけのほか、魚肉の切断やイクラの撹拌・分離をする機械などの納入、あるいは修理や部品交換のために訪れるほか、機械の操作や加工技術の指導のために長期で滞在することもある。島に渡るにはサハリンを経由して飛行機で行くのが一般的だが、なかには北海道東部の港から船で直接、島に渡り買い付ける大胆な業者もいるようだ。

 ギドロストロイは訪ねるたびにふ化場や冷凍倉庫といった新たな施設が増えるなど羽振りの良さが目立つが、経営内容はわからない部分が多く、売上や輸出高など基本的なデータも明らかにしないという。「日本政府が我々にビザを発給しないのでそちらから取引に来てくれるのは助かる」と言われたこともあるといい、彼らの北方領土詣でがギドロストロイのビジネスを支えているといえる。

 「日本近海の水産資源が減少するなかで最高の漁場を持ち質の高い商品を供給できる現地の企業と太い関係をつくっておかなければ、中国や韓国に持っていかれるだけ。すでに中国人業者が島に来ているようだ」。そう語るのは、90年代から島への渡航を繰り返しているという商社の幹部。ロシアのビザで島に渡ることをやましいと感じないのかと訊ねたところ、「我々はビジネスをしているだけ。これまで見て見ぬふりをしてきたのに今さら渡航自粛を迫る日本の外務省はおかしい」と反論した。

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