2024年12月9日(月)

Wedge REPORT

2010年11月22日

11月1日、ついにメドベージェフ大統領が北方領土に足を踏み入れた。
ロシアが金をつぎ込んだインフラ整備と、豊富な水産資源で豊かになった四島は、
エリツィン時代の「見捨てられた土地」から様変わりした。
日本のビジネスマンや旅行者が、続々と押しかけている。
この10年間、内向き志向で領土問題に無関心だったツケは重い。

 メドベージェフ大統領が国後島に行くという情報を私が関係者から得たのは10月28日、訪問の4日前だった。「大統領府の職員が準備のために島に入ったようだ」。そう聞かされても、半信半疑だった。APEC(アジア太平洋経済協力会議)の開催を前に日本をあえて挑発するのは避けるのではないかと考えたからだ。

 大統領が訪問を急いだのはなぜか。カギは尖閣諸島問題をめぐって日中間の緊張関係が高まっていることにある。中国に歩調をあわせてこの機会に領土問題で日本に攻勢を強めるのがロシアのねらいだ。11月2日付ロシア紙「独立新聞」が「(国後島訪問に対し)果たして日本は強力な対抗措置を取ることができるのか。もはやロシア経済にとって日本は重要な相手ではなく、ロシアの資源を買わないというのであれば中国市場に輸出すれば良いだけ」と論じたように、ロシアでは地位の低下が進む日本を見限り、中国との関係を強化するべきとの意見が広がっている。

 さらに、見逃してはならないのは、今回の訪問に北方領土の実効支配を既成事実化しようという明確な意図があったことだ。大統領が現地で視察した港湾施設や幼稚園は、ロシア政府が2007年から北方領土で進めてきた「クリル(千島)社会経済発展プログラム」によって整備されてきたもの。北方領土を「戦略的に極めて重要な地域」と位置づけ、インフラの整備を急ぐこのプログラムの成果を示すというのも訪問の重要な目的だったはずだ。

急速に進むインフラ整備

 スタート時のレートで800億円に上る巨額の予算を投じて進められているこのプログラムで島は一変しつつある。例えば択捉島では、内岡(ロシア語名・キトーブイ)港で水深7メートルまで掘り下げる浚渫(しゅんせつ)作業も終わり、今年から大型船の停泊が可能となった。これまでは、沖合に停泊した船からはしけで人や荷物を運ばなければならず、海が荒れると危険を伴う上に作業の効率は恐ろしく低かった。埠頭に接岸できるようになったメリットは大きい。択捉島の中部では大型機も着陸できる3000メートルの滑走路をもつ新空港が建設中で、地元行政府では完成後、中国や韓国、アメリカからの国際便を見込んでいるという。

 プログラムがねらうのは「脱日本化」。これまで北方領土では十分な医療施設がなかったため、1998年以降130人の重病患者が日本の人道支援として北海道の根室などの病院で治療を受けてきた。しかし、今年4月に択捉島の中心市街・紗那(クリリスク)に総合病院がオープンしたことで、島内では支援はもう不要だとの声も出ている。電力でも事情は同じだ。紗那には99年に日本の支援事業でディーゼル発電施設が建設されたが、プログラムで地熱発電所が新たに完成して以来、日本の発電施設は使われていない。

 かつて日本政府は支援事業を通じて島の経済を日本に依存させ、返還に向けて有利な環境を作りだそうとしたが、ロシア側は容赦なく日本の影響力の排除を進めている。国後島訪問中にメドベージェフ大統領が「ここでは携帯電話の通信がどこでも通じる。もちろん日本のものではない」と誇ってみせたのは象徴的だ。

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