地球温暖化でもその具体性の違いを垣間見ることができる。日本の三党連立政権合意書では、「温暖化ガス抑制の国際的枠組みに主要排出国の参加を求め、政府の中期目標を見直」すとしている。この中では、まったく期限や目標が数値で示されておらず、終始抽象的な表現となっている。一方、英国のプログラムでは、「EUの排出削減目標を2020年までに30%に引き上げることを支持し、EUが地球温暖化でのリーダーシップを発揮することを後押しする」と明確に目標年限と削減量を示している。加えて、「中央政府は12ヶ月以内に10%の二酸化炭素の排出を削減する」と政府自らの排出削減目標までも明示して、率先して短期間に地球温暖化に取り組む姿勢を国民に約束している。
安全保障面でも、両国の記述には大きな隔たりがある。日本の連立政権では、国家の基本たる国防についての項目は一切ない。唯一外交分野で、「日米協力の推進によって、(中略)より強固な相互の信頼を醸成」、「東アジア共同体の構築をめざす」、「北朝鮮による核兵器やミサイルの開発をやめさせ」など、方針は示しているが、具体的な手段についての言及がない。一方、英国では「国防」項目の冒頭で、「軍が必要とする支援をより確実にさせる必要があり、退役軍人とその家族はしかるべき尊厳を持って待遇されることを政府は認識している」と述べた上で、具体的に「1990年以降殉職した軍人の子に対し、大学以上の教育のための奨学金を供与する」、「元軍人が大学で勉学のための支援を供与する」、「退役軍人のメンタルヘルスに追加支援を供与する」など軍人及びその家族に対する8つの政府支援メニューを列挙している。
「合意できていない」ことまで書かれているか
また、英国の連立合意書では、保守党と自民党で合意に至らなかった点まで明確にしている。例えば、プログラムの核抑止力について述べたなかで、「『トライデント』(核弾道ミサイルシステム)の更新について吟味することで合意した。自民党は代替案を今後も主張し続ける」としている。保守党は、核抑止力を維持するため、トライデントの更新に賛成しているが、自民党は更新には多額のコストがかかるため、より経済的な代替案を検討すべきと主張していた。そのため、連立合意後も自民党はなお独自の立場を留保していることになる。
政治理念も支持基盤も異なる政党同士が連立を組む以上、どうしても合意できない部分が出てくるのはむしろ自然なことだ。しかし、日本の三党連立政権は、合意できない部分をぼかしたまま連立に合意したことで、後の社民党の離脱を招いた。昨年の衆院選マニフェストを見ると、社民党が、「普天間基地の閉鎖・返還を求め、辺野古への新基地建設など、基地機能の強化に反対」と強硬なスタンスを示している一方で、民主党は、「米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と、どちらに転んでもいいような玉虫色の記述にとどめていたのである。そして、連立合意書では、民主党のマニフェストに沿った記述が採用されている。
見直すべきは、マニフェストから
ここまで、民社国の三党連立合意書を取り上げてきたが、かつての自公政権の連立合意書も、決してそれを上回る内容だったわけではない。では、なぜ日英の連立合意書の中身にこれだけの差が生じるのか。英国の連立合意書に記述された政策の内容は、保守党と自民党のマニフェストをベースに、隔たりのある項目については譲歩や妥協をしながら作られている。日本の連立合意書が政策の具体的な中身を示していないのは、互いに合意できない可能性がある部分をわざとぼかして表現している(或いはあえて明記していない)か、そもそも掲げているマニフェストの具体性の乏しさにも原因があると思われる。
英国政治の仕組みに詳しい、みずほ情報総研の藤森克彦氏は、日英のマニフェストに違いが生じる原因をこう分析する。