チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年1月7日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 まごころをつつみかくしてかざらひて いつはりするはからのならわし (本居宣長『直毘霊・玉鉾百首』岩波文庫)

 「から」は「漢」。儒学に代表される漢の国の発想は、何事も本心を隠して虚飾に走り人を欺くものである、という趣旨の一首である。

 江戸時代に日本国学を興した本居宣長がこう述べた背後には、易姓革命という美名とは裏腹な暴力にまみれた王朝交代を断行した人物を「聖人」とほめそやす儒学が、「天下泰平」の日本でも統治の学問として流行しつつあったことへの強烈な違和感があった。「漢の国における《道》を究めれば、ただ人の国を奪うため、人に国を奪われないようにするためのいずれかに過ぎない」と断言する本居宣長は、そのような「漢意(からごころ)」に身も心も、そして日本そのものも飲み込まれないためにも、「天照大神以来、万世一系の伝統とともに素直な真心に満ちていた」日本文化とその歴史を「再発見」しようとした。

 これは勿論、強大な他者に直面したときに発生するナショナリズムや文化的対抗意識のあらわれであり、決して本居宣長や日本国学に特有な思考ではない。そして、あらゆるナショナリズム的思考がそうであるように、「再発見された伝統・美風」は現実の社会と文化に正負両面の作用を及ぼす。筆者は一日本人として、八百万の神と万国の精華がひしめく山紫水明の島に生まれたことを喜びつつも、しばしば「伝統・美風」が強調されて対外的な敵対心が一人歩きし、政治と社会が息苦しさを増して暴走・破滅に至ることを同時に恐れる。したがって、本居宣長の一句を積極的に紹介するわけではないことをお断りしておく。

 しかし、昨今の中国を眺めるにつけ、本居宣長の発想はそれなりに的を射たところもあるのではないか、という印象も禁じ得ない。

過去20年の中国外交から見えてくるもの

 社会主義計画経済の行き詰まりや、1989年の六四天安門事件による国際的孤立に直面した中国は、諸外国と並び立つのみならず凌駕するほどの強国になりさえすれば、西側諸国から侮られ価値観を強要されることはなく、むしろ中国こそ国際社会で主導的な立場を執りうるようになると考えた。

 もちろん、改革・開放30年を経て、「共産党の指導」の裏側で人々の考え方は多様化していることも確かである。決して党・国家本位のグローバル戦略には賛同できず、純粋に毛沢東時代の暗い過去を厭い、開かれた国際交流の中に中国も参入することで諸国と利益を享有する関係を構築し、それを通じて普遍的な価値観に則した中国の質的向上を図りたい、という願望も根強い(劉暁波氏の「08憲章」は、そのような発想を強く滲ませる)。

 しかし、少なくとも過去20年の中国外交は総じてこのような「党の利益」本位の発想から外れるものではない。しかも、1999年のベオグラード中国大使館誤爆事件や2008年のチベット問題に端を発する聖火リレー問題など、西側諸国との関係が深刻な局面を迎えるたびごとに、中国国内のナショナリズムは深い被害妄想に陥り、中国共産党・政府に一層強硬な立場をとるよう迫るという構図がある。そして党・政府も失敗を恐れ、むしろ対内・対外的な真の変化を拒むようになって久しい。

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