定年バックパッカー海外放浪記

2018年3月11日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.10.10~12.23 75日間 総費用21万7000円〈航空券含む〉)

“サンダカン死の行進”

 12月17日夕刻。ゲストハウスのテーブルでは豪州、カナダ、NZ、アルゼンチンの30歳前後の男女バックパッカーが地酒で酒盛りしていた。豪州の青年が“サンダカン死の行進”(Sandakan Death Marches)と呼ばれる旧日本軍の捕虜虐待問題について語っていた。日本人としてはあまり居心地のいい雰囲気ではないが、全員が真面目に聞いているので逃げるわけには行かない。

ランカウイ島のビーチ。日の丸と五星紅旗が仲良く翻っている平和な世界

 一体どんな内容なのか聞き漏らさないようにヒアリングに集中した。青年の話が具体的なので史実であると思えたが、あまりにもショッキングな内容に何もコメントできなかった。青年によると日本軍の蛮行として本や映画にもなったようだ。彼によるとこの悲劇は豪州では現在でも語り継がれ毎年政府主催の追悼行事が開催されているようだ。

 ネットで調べたところ事件の概要は以下のようだ。1943年9月の時点で北ボルネオの都市サンダカンの捕虜収容所にはオーストラリア人、英国人など、合計約2500人が収容されていた。

 戦況悪化により1945年1月以降、日本軍は捕虜を260キロ離れたキナバル山の北麓のラナウまで、当時生存していた捕虜約1000名を何回かに分けて熱帯雨林の山岳地帯・密林・湿地帯を徒歩で移動させた。

 飢餓と熱帯病により行軍途中多くが死亡したほか、落伍者は殺され、収容所でも過酷な使役や食料・医薬品欠乏により餓死・病死が相次いだという。終戦時まで生き残った連合軍兵士は最終的に6人だけであったという衝撃的惨劇である。

KK市内の時計台。戦災で壊滅したKKで戦前から残る建築物はこの時計台と旧郵便局など数えるほどしかない

“サンダカン死の行進”と戦後処理

 記録によると戦後ボルネオのラブアンでオーストラリアによる戦争犯罪裁判が開かれ、最終的に第37軍司令官の馬場正雄中将が絞首刑。行軍や収容所で実際に現場を指揮した大尉・中尉などが処刑された。

150年以上の歴史を持つキナバルクラブ。太平洋戦争中は日本軍の司令部が置かれた

 生き残りの豪州兵が戦犯法廷で証言した「行軍は過酷であったが、食料配分など捕虜への扱いは日本軍将兵と同一であった」という言葉に現代の日本人としては唯一心が救われる思いがする。

北ボルネオ“死の転進”

 あまり広く知られていないが“サンダカン死の行進”と同時期に、日本軍1万5000名がボルネオ島北部のサンダカンや東海岸のタワオから600キロ離れた西海岸のジェッセルトン(KK=コタキナバルの旧名)へ熱帯山岳地帯を越えて徒歩移動で“転進”した際に、数千名が飢餓と熱帯病で死亡するという悲劇があった。

連合軍捕虜や日本兵を苦しめた熱帯雨林の湿地帯

 第37軍2万名のうち1万名以上が戦病死と公式記録されているが、作家豊田穰によると実際には9000名以上が飢餓・熱帯病により命を落としたという。

 「大本営参謀が地図上でタワオとジェッセルトンを直線定規で結んで『直線350キロだから一日40キロ行軍すれば10日で転進可能だ』と言って転進作戦が立案された」という記述も残っている。実際には全員の移動が完了するまで200日を要した。大本営参謀の話は史実か否か確認できないが、いずれにせよ熱帯山岳地帯の現実を無視した“机上の空論”が惨劇を招いたことは間違いない。

冷たいスコールに覆われるキナバル山岳地帯

 筆者はKK滞在中に、海抜4095mのキナバル山に1泊2日で登頂した。比較的天候が安定している12月だったが、熱帯雨林山岳地帯は炎熱地獄、スコール、ジメジメした小雨の繰り返しで、数キロのデイパックという軽装にも関わらず疲労困憊した。ましてや飢餓、マラリヤ、下痢に苦しみながら重軍装での行軍は想像を絶する苦難であったろう。

 “サンダカン死の行進”“北ボルネオ死の転進”に共通するのは兵站を無視した無謀な作戦立案である。作戦立案した参謀たちは戦争犯罪には問われていない。戦後社会で平和を享受して生き永らえたのであろうか。B級戦犯として処刑された現場の指揮官・兵士には抗命は許されず、止むを得ない事情もあったであろう。釈然としない不条理を感じる。

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