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2018年4月5日

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水谷竹秀 (みずたに・たけひで)

ノンフィクションライター

1975年三重県桑名市生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業、カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『脱出老人』(小学館)。

 仲裁裁判所は16年7月、南シナ海ほぼ全域に主権が及ぶと主張する中国の境界線「九段線」について、「中国が主張する歴史的権利には法的根拠はない」とする判断を下した。これで中国による軍事化に歯止めがかかるはずだった。しかし、中国と対峙(たいじ)してきた前政権に代わり、16年6月末に発足したドゥテルテ政権は、それまでの親米路線から親中へと舵(かじ)を切っていた。

 ドゥテルテ大統領は、漁民のスカボロー礁での操業再開に加え、中国から巨額の経済援助を受けることと引き換えに、南シナ海問題を事実上棚上げした。この結果、中国はすでに埋め立てを行っていた7つの環礁の軍事化を着々と進めた。これまでにも米国のシンクタンク戦略国際問題研究所による空撮写真の公開でその進捗(しんちょく)状況は明らかにされてきたが、今回のInquirerの報道で軍事拠点の規模や整備の様子がより詳細に明かされた。

 海事分野に詳しいフィリピン大学のバトンバカル教授は、「中国の軍事化を黙認したドゥテルテ大統領の思惑は中国からの経済援助だ。しかし、中国がこれまでに表明した巨額のインフラ整備事業は何一つ行われていない。フィリピン政府は譲歩しすぎだ」と批判した。

 フィリピンは16年10月、中国からインフラ建設支援など総額240億ドルという巨額の経済援助の約束を取りつけた。その内実についてジェトロアジア経済研究所企業・産業研究グループ長代理の鈴木有理佳氏は、「240億ドルのうち、約150億ドルは民間企業の投資が大半で、実現性は不透明。インフラ整備に関しては、案件の確定に時間がかかっているようで、現時点で着工に至ったものはない」と語る。

 中国からの援助としては、銃器類の供与や昨年5月に紛争が勃発(ぼっぱつ)したミンダナオ島マラウィの復興支援(300万ドル)などが挙げられるが、同教授によると、南シナ海問題の棚上げに比べればフィリピンが受けた利益ははるかに少なく、「不公平な取引」だという。しかし、ロケ大統領報道官は、スカボロー礁におけるフィリピン人漁師の活動再開や、中国人観光客や中国からの投資増などを挙げ「両国の互恵関係を発展させ、わが国民に明らかな利益をもたらしている」と述べている。

「フィリピンを中国の州に」
大統領発言に批判続出

 Inquirerの報道から2週間後、ドゥテルテ大統領による発言がまたもや物議を醸した。マニラのホテルで開かれた、中華系フィリピン人が集まるビジネス会合でドゥテルテ大統領は、スカボロー礁に実効支配を拡大しないと約束した習近平国家主席を称賛した上で、こう発言した。

 「フィリピンを中国の一つの州にしよう。中華人民共和国、フィリピン州」

 会場からは失笑を買い、その中には趙鑑華(ジャオジャンファ)駐比中国大使の姿もあった。これはリップサービスとみられるが、政治家や有識者からは「フィリピン人を侮辱しているようで、到底受け入れられない」「国家の尊厳を失わせる発言で、一国の大統領として恥ずかしい」などといった批判が続出した。

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