佐藤忠男の映画人国記

2011年3月4日

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 深津絵里は大分市の出身である。デビュー作の「1999年の夏休み」(1988年)では高校生の少年の役だった。「博士の愛した数式」(2006年)では、障害者の博士を温かく見守るまじめで笑顔の明るい家政婦さんの役で、とても感じがいい。映画としても日本映画の収穫と言っていい豊かな内容を持った作品であるが、彼女にとっても自分の演技的才能を確立した作品だったと言っていいだろう。そして2010年の「悪人」。この作品で彼女は、愛した男にあくまでもつくしぬくことでかえって男を不運に導いてしまう女。見かけはやさしく、芯は激しい、近松門左衛門の心中もののヒロインを思わせるヒロインである。そしてこの熱演で見事、モントリオール映画祭の主演女優賞を得た。

 おなじく大分市出身に古手川祐子がいる。市川崑監督の名作「細雪」(1983年)の末娘役など、のびのびした演技でとても良かった。そのごの作品には「ホームレス中学生」(2008年)や「ばかもの」(2010年)の母親役がある。

 沖雅也(1952~83年)も大分市。日活で線の細い二枚目として活躍して期待されたが、若くして自殺して世を去った。

 錦野旦も大分市だが、歌えてアクションも元気で活動範囲は広い。

 コメディアンの石井均〔いしいきん、1927~97年〕は西国東郡高田町(現豊後高田市)出身である。1960年ごろに浅草や新宿の舞台で一座をひきいて大活躍した映画では小さい役ばかりだが、通には忘れ難い喜劇人のひとりである。

 戦前の名作「阿部一族」(1938年)や「情熱の詩人啄木」(1936年)などの監督熊谷久虎(1904~86年)が下毛郡中津町(現中津市)出身。硬派の巨匠だった。

 速見郡別府町(現別府市)からは若杉光夫監督(1922~2008年)が出ている。「風立ちぬ」(1976年)や「星の牧場」(1987年)など、地味だが抒情的な作品に佳作が多い。

瀬々敬久監督作品「ヘヴンズストーリー」は、ベルリン国際映画祭で、国際批評家連盟賞(FIPRESCI prize)」に続き、最優秀アジア映画賞にあたる「NETPAC賞」を受賞。
渋谷・アップリンクファクトリーにて公開中。そのほか全国順次公開。
©2010ヘヴンズ プロジェクト  配給:ムヴィオラ

  現在第一線の生きのいい監督では、昨年、上映時間4時間38分という破格の長尺のミステリアスな映画「ヘヴンズストーリー」で注目された瀬々敬久〔ぜぜたかひさ〕監督が、豊後高田市の出身である。1960年生まれで、この世代は日本の映画産業がどん底で撮影所が殆ど新規採用を止めた時期に映画界に入っている。それでも活発に仕事があったピンク映画で監督となって活躍したものである。この分野にはアナーキーな奔放さが許されるという一面もあって、その自由さを生かした作品で一部に熱心なファンがいた。

 「ヘヴンズストーリー」でその破格でユニークな作家性がようやく広く一般の観客にも知られることになったわけだが、既成の域にはまらない作風はじつに新鮮でういういしい。(次は奈良県)
 
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