定年バックパッカー海外放浪記

2018年5月13日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2017.2.25~4.26 61日間 総費用13万2000円〈航空券含む〉)

ポカラの街路灯

 3月24日。3月22日の5時にブッダガヤの宿坊を出発以来、列車やバスを乗り継いで48時間かけて払暁のポカラの街に到着。ポカラは湖畔に広がるネパール第二の大きな町である。暗がりの中で街路灯を見ると『中華人民共和国西蔵自治区○○市○○』と住所が書いてあった。おそらく中国がネパールへの援助の一環としてチベット自治区の街の整備で余った街路灯を提供したのであろう。

古くなったネパール共産党系の選挙ポスター。スターリン時代以来の社会主義的絵画様式だ。毛沢東派はネパール政治の一大勢力である

 中国共産党はチベット侵略と並行してネパールへの勢力圏拡大を目指して影響力強化に努めてきた。ネパール国内では2015年の新憲法成立後も毛沢東主義系の政党が力を保持している。

 他方でネパールは歴史的にインドとの繋がりが強く、インド政府はビザなしでネパール人のインド国内での就労を認めるなど特別待遇している。中国・インド両政府ともにネパールへの影響力を拡大しようとあの手この手である。

ポカラのメインストリートの漢字の看板

 夜が明けると薄靄の中にポカラのメインストリートが浮かび上がってきた。夥しい数の漢字の看板が氾濫していた。目抜き通りの半分以上が漢字の看板で占拠されている。圧倒的な中華の存在感。酒店・飯店(ホテル)、餐館・餐庁(レストラン)、按摩(マッサージ)など毒々しいほどに派手である。

ポカラの湖畔の遊歩道はインドが中国を凌駕

 宿の主人の話ではインド人と中国人の観光客は年々増加しており、ポカラではゲストハウスやホテルの建設ラッシュという。町を歩いているとインド人は中流の家族連れが多く、中国人は団体客や個人旅行の若者が多いようだ。中国人に聞くと、中国人の多くはチベットとネパールをセットにして旅行しているようだ。

長距離バスはバスの種類で値段が変わる。最高級はボルボなど。次がインド・中国の新車。一番安いのはインド製の中古車。ちなみにローカルバスはインド製おんぼろバス。

 ポカラ湖畔の遊歩道は1日中観光客で賑わっているが、インド人が大勢を占めていた。インドでは南部中部では3月には既に熱暑となるので避暑客が増えるのである。他方、中国では2月の旧正月と5月の黄金週間の狭間の月は旅行シーズンの端境期であるので比較的少ないのであろう。

天空から聞こえてくるマンダリン(中国語)

 ポカラはヒマラヤトレッキングのベースとして旅行者を集めてきたが、近年ではパラグライダーやヘリコプターによる空中散歩が人気である。特にパラグライダーはポカラ湖の周囲の海抜1500メートルの丘の上から離陸してポカラ湖を眼下に遠くヒマラヤ山脈を眺めながら30分ほど空中散歩できるのでほとんどの若い旅行者が挑戦している。

ポカラ上空を飛ぶパラグライダー。天空から中国女子の嬌声が降ってくる

 欧米人や地元のパイロットとタンデムで飛ぶ。天候の良い日にはパイロットは1日に10回以上フライトする。ポカラではシーズンになると300人以上のプロのパイロットが働いている。

 ポカラ滞在のある日、ヒマラヤ山脈を眺めようと宿屋から3時間くらい歩いて湖畔の峠まで登った。付近の高台には数か所のパラグライダーのテークオフ・ポイントがあり、ひっきりなしにカラフルなパラグライダーが大空に飛び出してゆく。

 静かな湖畔の山あいに乗客の歓声が響く。耳を澄ますとパイロットが乗客に安全上の指示をしたり、絶景のシャッターチャンスをアドバイスしたりしているのが聞こえてくる。

 そのうちに中国語が頻繁に空から聞こえてくることに気付いた。中国人乗客が多いので近くを飛んでいる友人同士が会話しているのだ。静謐な蒼碧の天空からハイテンションの中国語が降ってくるという不思議空間であった。

延々と続くインドの物資を満載したトラックの隊列

 4月3日。10日間滞在したポカラから首都カトマンズまでローカルバスで大移動。カトマンズ盆地を囲む山を越える峠が最後の難関である。いろは坂を年季の入ったローカルバスは気息奄々と登っていく。

カトマンズを目指して峠を登る車の列。付近の山々は人口増により乱伐され禿山に。近年海外からの支援を受けて植林が進められている

 片側一車線で追い越し車線がないため、見渡す限りバス・トラック・ジープ・乗用車がぎっしりと並んで大渋滞である。車列を眺めるとトラックとタンクローリーが多い。トラックはありとあらゆる物資を満載している。生活雑貨、穀物・野菜・果物類、建材、機械類などを荷台一杯に積載している。

 タンクローリーは全てインド最大の石油会社であるインド国営石油、IOC(Indian Oil Corporation)のロゴをつけている。インド政府が国策として重要戦略物資である石油をネパールに供給しているのである。聞くところによると以前は100%インドに石油供給を依存していたが中国側の働きかけにより、現在ではネパールは中国からも石油を輸入しているという。

カトマンズ近郊の麻薬中毒青少年更生施設。貧困と麻薬の連鎖。米国の富豪の支援で建設され、内部はリゾート施設のように快適

 ポカラからカトマンズ盆地にいたる峠道はネパール向けインド物資輸送の大動脈であった。ちなみにカトマンズの日本大使館情報では、2012年度のネパールの輸入額の65%をインドが占めていた。他方で中国からの輸入額は11%であった。

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