日本を味わう!駅弁風土記

2011年3月31日

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福岡健一 (ふくおか・けんいち)

ウェブサイト「駅弁資料館」館長

日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長。2001年からこれを個人で運営、無予約非取材を原則に全国各地をめぐり、年間約400個の駅弁を食べる。「時刻表博士」でもある。

鉱山で栄えた鉄道の要衝である奥羽本線大館駅。
第二次大戦直後の物資不足時の配給品をまとめて炊いたことから生まれた駅弁が
60年以上も売られ続けて地域の味となった。
東北の旅を彩る名物として駅弁ファンの心をつかんでいる。

 今年(2011年)は牛肉駅弁の当たり年なのだろうか。秋冬のデパートやスーパーを賑わせた駅弁催事へ訪れても、新作駅弁や人気駅弁がことごとく、牛肉の駅弁であったような気がする。

 しかしかつて、駅弁の肉といえば、鶏であった。牛肉の駅弁が各地で現れ始めたのは、第二次大戦後の高度経済成長期の頃である。豚肉の駅弁が盛り上がってきたのは、せいぜい21世紀に入ってからではないかと感じる。鶏肉の駅弁は大正時代から、すでに各地で現れ始めている。

秋田の名産が堪能できる駅弁

 秋田駅からも青森駅からも、特急電車で約1時間半。秋田犬や比内鶏の里として知られる、青森県との県境に位置する秋田県大館市は、かつて鉱山の街として大いに栄えた。鉱山会社の私設鉄道が小坂や花岡の鉱山へ向かい、鉱石や燃料などと共に旅客も運び、明治以来の鉄道幹線ルートで首都へ、あるいは北前船以来の伝統のルートを代替した日本海沿いの鉄道で京阪神へ、物と人が運ばれた。大館には国鉄の機関区が置かれ、急行列車が止まり、駅弁の販売も行われた。

 そんな現在のJR奥羽本線の大館駅には、駅弁ファンによく知られた駅弁がある。「鶏めし弁当」(850円)が、それである。福岡県の折尾駅に群馬県の高崎駅とここで、日本三大鶏飯駅弁だとする話も聞く。鶏ガラスープと醤油で炊いた秋田県産あきたこまちの御飯の上に、鶏肉のぶつ切りを載せて、そぼろ玉子を散らし、付合せを添える、シンプルで分かりやすい内容の駅弁である。

戦後の物資不足が生んだ名物駅弁

 大館駅の「鶏めし弁当」は1947(昭和22)年の登場である。大館駅で1899(明治32)年から駅弁を販売する花善のホームページには、鶏めし弁当が誕生した経緯が記される。物資の不足で全国の駅弁屋が弁当の調製に苦労していた第二次大戦直後、配給された米・砂糖・醤油・ゴボウをまとめて炊いて提供したら好評を受けた。これをベースに鶏飯へと仕立てた駅弁が64年の時を経て、今の「鶏めし弁当」というわけである。今に続く大館の名物駅弁は、戦争の産物と言えるかもしれない。

 茶色く染まる鶏肉の味付けは控えめで、豊かな弾力性に肉質の良さがうかがえる。鶏肉に負けず茶色くなった御飯は、甘みが勝る味付けにされており、その柔らかさと共に、肉の味を引き立てる。御飯に振り掛けられる、白身と黄身に分けて炒られる粒の細かいそぼろ玉子がまた、とてもふんわりとしていて、鶏肉と御飯の風味を顔いっぱいに広げてくれる。季節により色が変わるという生麩や、花形に加工してスライスされた加賀太鼓(揚げかまぼこ)など、駅弁の脇役となる付合せも、味覚と視覚で駅弁を締めてくれる。

戦後の物資不足が生んだ「鶏めし弁当」850円

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