2024年12月23日(月)

Wedge REPORT

2011年5月1日

ロバート・マクニール(Robert McNeil)さんとの
一問一答

Q 地震と津波のことを聞いたとき、どこにいましたか?

A 息子のクーパーとサッカーしに出ようとしていました。そのときメールが来て、(国連がつくった世界の災害を即時に一斉通報するシステム)GDACSからだったんです。警報メールによると、日本の仙台東方洋上で大きな地震が起きた、と。急いでテレビをつけました。

 同時に、(国際緊急援助隊関係者が情報を交換するメーリングリストの)国連がやっているバーチャルOSOCC(On-Site Operations Coordination Centre)にログオンしました。

Q ニュースを知って、最初に口から出た言葉は?

A なにしろショックを受けて、「オー・マイゴッド」と。

Q 奥さんに何を言ったか覚えていますか?

A 「ダーリン、これ、ひどい。見てこれ、信じられない。こりゃ日本から救援要請がくる。助けに行くことになるな、きっと」、と。

ニュージーランドでの
捜索救助活動を終えたばかりだった

Q ニュージーランド・クライストチャーチでの地震救援作業から帰ったばかりでした。戦線は伸びきった感じではなかったですか。隊員は疲れていませんでしたか?

A いえ。この1年、ニューサウスウェールズ消防庁の特殊活動隊で隊長補佐を務めました。都市型災害で救難救助を担当する部隊(USAR: Urban Search And Rescue)を傘下に抱える組織です。

 だからオーストラリアもニューサウスウェールズ州も、新たな対応が可能だとわかっていました。その能力がある、と。今年はクイーンズランド州北部で大洪水があって、それにも出動していましたし。

Q こういう場合、出動準備はどのくらいで整うものですか。今回日本へ向け出発するまでに実際どのくらいの時間がかかりましたか?

A わたしは12日土曜の朝、マルキュウマルマル(午前9時)にオーストラリア空軍基地へ出頭することになりました。隊員76名と各種装備は土曜の夕方、ヒトハチサンマル(18時30分)に同じ基地へ集結しました。国際派遣のときは、だいたいこれくらいで集まります。

Q 今回、空軍の4発ジェット輸送機C-17を使いましたね。これはいつものことですか。この種の制服・文民協力は多くの国でそう容易じゃありません。昔からやってきたことですか。経費はどういう按分になるのでしょう。

A フル装備のUSAR部隊を海外へ出すときは、いつも使います。経費は国庫負担。民間航空機も使おうと思えば使えますが、軍用機の方を好んで使います。

Q その軍用輸送機に乗って、みなさんよく休めましたか。座席はファーストクラス並みとはいかないでしょうし、オンデマンドのビデオもなかったと思いますが。

A 軍用機ですから休むにはそれほどよくできてないですね。でも隊員たちはこれからやるんだ、助けに行くんだということで気持ちが張っていました。ですからどんなやり方をするか、どうやって助けるかということをいろいろ議論しているうちに時間が過ぎました。

⇒次ページ 軍用機で横田基地へ降り立った


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