感染患者は年間4000人
腸管出血性大腸菌の食中毒患者は例年、数百人ですが、原因がわからず食中毒扱いとなっていない「感染症」患者は年間4000人を超えます。米国の調査ではO157患者の85%が食品媒介とされており、日本でも感染者の多くは食品が原因と推測されています。そして、そのうちのかなりの割合が焼肉店での食事が原因とみられています。
なぜ、焼肉店が原因となるのか? それは、腸管出血性大腸菌が主に牛の腸管内にいるからです。これまでの調査から牛の10〜30%は保菌しているとみられます。牛は症状がなく、保菌していても判別つきません。糞便には大量に含まれ、牛の上皮や牛舎に付き、ほかの牛にも感染します。農家は衛生的に飼育するように努力していますが、腸管出血性大腸菌を完全に排除するのは困難です。
菌は、生きている牛の筋肉や肝臓(レバー)などにはいませんので、と畜場や食肉処理場も、腸管内の内容物等が肉やレバーなどに付かないように、施設を整備し器具の消毒などにも気をつけ、細心の注意を払って作業をしています。現在、枝肉の汚染率は概ね、1%以下に留まっています。しかし、目には見えない菌を1個も付けないようにして作業するのは容易ではありません。
さらに、その後の販売業者や飲食店等でも、同様の注意が必要。肉を生食で提供する場合、加熱用の内臓などと接触させず、まな板や包丁を区別し、水跳ねなどにも気をつける必要があります。また、肉の表面を切り取るトリミングが求められます。肉の中には菌がいないので、こうすればたとえ表面に菌が付いたとしても除去できる、というわけです。
必要な施設や作業工程は1998年、厚労省が「生食用食肉の衛生基準」などで決めました。しかし、これは各都道府県などへの通知に過ぎず、法的強制力を伴いませんでした。今回の食中毒事件でも、焼肉店がトリミングを行っていなかったことが問題となっています。厚労省は、罰則などを科す規制強化を検討しています。
気になる「プロ意識」の低さ
厚労省の規制・指導の緩さは責められるべきでしょう。しかし、私は今回の事件に関連した焼肉店や食肉処理業者の「プロ意識」の低さが気になります。腸管出血性大腸菌の怖さについては、食品安全委員会などが情報を公開し、「肉の生食はしないように。特に、子どもや高齢者には絶対に食べさせないで」と呼びかけていました。自治体で食品衛生を担当する食品衛生監視員の間では肉の生食への懸念は大変大きく、「このままでは死者が出る」と言われ、各自治体が温度差はあるもののそれぞれ、生食のリスクを飲食店などに伝えていました。
このインターネット時代、焼肉店や食肉処理業者が情報収集を怠らなければ、腸管出血性大腸菌がいかに怖いかを示す資料や行政の広報文書にいくらでもぶち当たったはずです。食中毒は、一度起こせば信用を失い、飲食店経営の屋台骨を揺り動かします。実際に、情報収集をした結果、ユッケやレバ刺しの提供を取りやめた、という焼肉店もあるのです。