食の安全 常識・非常識

2011年5月26日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

 自分たちの仕事が大きなリスクと背中合わせになっていることを知っていれば、施設の整備や肉のトリミングなどにコストをかけます。生食用肉の安値提供など、できるはずもなかったでしょう。

 実は、今回の関係者ばかりでなく飲食店の多くが、知識がないまま生肉を提供していたようです。東京都が09年、都内の飲食店127軒を調査したところ、「鮮度の良い食肉でも、生で食べると食中毒が起こる可能性がある」ことを良く知っていたのは53%に過ぎませんでした。知識がない店が、「うちの肉は新鮮だから、生でも食べられます」などと言い、消費者も信じ込んでいたのです。

 焼肉店は、もっともスキルを必要とせず開業できる飲食店と言われています。調理場では、アルバイトが軍手をはめ肉を切り皿に並べているところも多いと聞きます。今回の食中毒事件の背景には、そうした焼肉店の事情もありました。

鶏わさ、鶏たたき…カンピロバクターも要注意

 腸管出血性大腸菌ばかりに注目が集まっていますが、カンピロバクターという別の菌も、生食による食中毒を数多く引き起こしています。原因食品は牛のレバーのほか、鶏わさや鶏たたきなど、鶏肉の生食です。

 カンピロバクターによる食中毒は、死亡したり重篤化したりすることはまれですが、患者数が多く、昨年の食中毒患者数は2092人でした。感染して数週間後に、手足の麻痺や顔面神経麻痺、呼吸困難などを起こす「ギラン・バレー症候群」を発症し、重い後遺症に悩むケースがあることも注目されています。

 店頭に並んでいる国産鶏肉の汚染率は、調査によって異なりますが32〜96%と高割合です。鶏は保菌していても症状が出ないことや、農場で菌を取り除く有効な方法がないこと、鶏は小さく腸管の内容物が他の内臓や肉などに付きやすいうえ、食鳥処理場などでまとめて洗浄したり冷却したりするため、菌が広がりやすいのです。また、調理時に器具や手指を介して汚染が広がることも確認されています。

 この菌の感染率を考えると、鶏わさや鶏たたきを食べるのは勇気が要ります。表面に付いた菌を短時間の加熱によって完全に殺すのは、容易ではありません。

 生肉に否定的なことばかり書きましたが、私は大人が自己責任で食べる分には止められないと思っています。死や重い症状、後遺症も覚悟して、「それでも、おいしいものを食べたい」という欲求はあってもいい。最近は、と畜場や食肉処理場などの衛生管理の向上で肉の汚染割合は下がっています。しかし、繰り返しますが菌付着を常にゼロにするのは困難。もし当たってしまえば影響は甚大な“ギャンブル”です。したがって、自分で責任を負えない子どもや高齢者に食べさせてはいけません。さて、あなたには覚悟がありますか?


参考文献
食品安全委員会・食中毒予防のポイント
http://www.fsc.go.jp/sonota/shokutyudoku.html
厚労省・食中毒に関する情報
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/03.html
東京都食品安全情報評価委員会報告書
「食肉の生食による食中毒防止のための高家庭な普及啓発の検討」
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/hyouka/houkoku/report6.html
 

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