WEDGE REPORT

2018年9月29日

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ブラジルで、国民の怒りがかつてない高まりを見せている。その怒りは「ブラジルのトランプ」こと極右、ジャイール・ボルソナロ候補支持に向かっている。その結果、10月7日の大統領選挙は混戦模様となり誰が勝利するか見通し難い。

9月6日、遊説中に暴漢に襲われたものの一命を取り留めたジャイール・ボルソナロ候補。現在、支持率トップに躍り出ている。(写真:ロイター/アフロ)

「経済の低迷」が怒りの原因

 ブラジル国民は怒っている。1985年の民政復帰以来、ブラジル政治はうまく機能していなかったのではないか。この国の政治家は統治能力を欠くのではないか。

 1964年に軍がクーデターを起こし、以来20年にわたり軍事独裁制を敷いた。クーデターの際、軍は「政治家に任せてはおけない、エリート集団の軍が混乱した国を立て直すしかない」と血気にはやり政治刷新を断行した。しかし、当初こそよかったものの結局経済は行き詰まり、20年の軍政の後、ブラジルは民政に移行した。

 その後、国民は3000%に及ぶハイパーインフレで塗炭の苦しみを味わったものの、1994年からのエンリケ・カルドーゾ大統領の下で行われた「ドラリザソン(通貨のドルリンク政策)」により、奇跡的にインフレを克服。2003年からは、それまで万年野党だった労働党(PT)が政権に就き、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ(通称ルーラ)大統領の下、「ボルサ・ファミリア」と称する貧困対策により多くの中間層を創出、経済成長の期待が一気に高まることとなった。

 時あたかも新興国経済台頭の頃、ブラジルはBRICSの一角として一躍世界の注目を集めた。当時、世界のGDP成長率の大きな部分を新興国が占め、最早、先進国が世界経済をけん引する時代は終わったとさえ言われた。2000年代半ばのことである。その後のリーマンショックで先進国経済が大きく後退したこともあり、ブラジル、中国等の存在は更に脚光を浴びていく。

 事態が急展開したのはルーラ大統領の後を継いだディルマ・ルセフ大統領の時からだ。ルセフ大統領はルーラ大統領の官房長官として手腕を発揮、国民はルセフ大統領の下でもルーラ氏の路線が継承され繁栄が継続するものと期待した。しかし、ルセフ大統領はやがて政治家として力量が劣ることを露呈していく。ブラジル経済は2014年から16年にかけ大きく後退、ブラジルはかつてないほどのリセッションに見舞われた。政府は、ルーラ大統領の目玉だった貧困層対策どころでなくなり、国民のルセフ大統領への信頼が一気に低下していく。同大統領は2016年ついに弾劾され、副大統領だったミシェル・テメル氏が大統領に就任した。

「汚職」が蔓延するブラジル社会

 国民の怒りの根底にあるのは経済の混迷である。しかし、ブラジルの混迷はそれだけにとどまらなかった。今度は大規模な汚職疑惑が発覚する。汚職はこの国では日常茶飯事だ。政府上層部から社会の底辺層に至るまで、汚職はブラジル文化の一部ですらある。根底にあるのは、社会の一体性の欠如である。他人のことなど構っていられない、獲れるものは他人のものをくすねてでも懐に入れる、そういう空気が社会を覆う。

 汚職は誰もが行う普通のこと。いちいち目くじらを立てる方がおかしい。そういうブラジルにあって2016年、あのルーラ氏が汚職で逮捕された。建設業者から海辺の瀟洒な別荘をもらった。司法はルーラ氏に12年の刑を言い渡しクリチバの刑務所に収監した。

 しかし事はこれだけでは済まない。現在も捜査中のブラジル国営石油会社ペトロブラス社を巡る「ラヴァ・ジャト」疑獄事件では、ルーラ氏のPTだけでなく、かつてのカルドーゾ大統領のブラジル社会民主党(PSDB)や、そのほか主だった政党の有力政治家に軒並み汚職嫌疑がかかった。実にブラジル史上最大の疑獄事件である。

 テメル大統領でさえ、ワイロを要求するテープの存在が明るみに出た。しかし議会決議により何とか訴追を免れる始末。さすがのブラジル国民もあきれ果てた。国民が経済の低迷に苦しんでいる。それに有効な手を打つわけでもなく、政治家は私腹を肥やしている。

 そのとばっちりは至るところに見られる。9月2日、国立博物館が火災に見舞われた。2000万点に及ぶとされる国の重要文化財が失われた。実に国家的損失である。原因は博物館の老朽化。メンテナンスの必要性が叫ばれながら、国は経費削減を言い訳にとるべき手を打ってこなかった。

 ブラジルの治安の悪さは有名である。特に大都市がひどく、リオデジャネイロは犯罪の巣窟として有名。リオのコパカバーナ海岸の美しさは類を見ないが、そこに半ズボン、Tシャツ、サンダル姿以外で立ち入るのはご法度である。腕時計をしていれば直ちにはぎとられるし、少しでも金がありそうだと見られればすぐに襲われる。ブラジルの2016年の殺人件数は6万3千人だが、これは世界でも最悪の部類に属する。

 この国で行政サービスが機能不全に陥っているのは周知の事実である。治安も社会インフラも教育も、すべてが大きく機能低下をきたしているにもかかわらず、政治家は私腹を肥やすことに余念がない。「現在の政府に満足しているのは13%」という数字は中南米で最悪。有権者の3分の1が「投票には行かない」、もしくは「行っても白票を投じて帰ってくる」と言っている。

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