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2018年9月5日

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ニカラグア情勢が不穏である。4月以来、反政府勢力と政府側民兵が衝突し、一部メディアの報道によると既に448名の死者が出ている。現在は小康状態にあるものの、近いうちに再び混乱に陥るのは必至と見られる。

写真:ロイター/アフロ

 ニカラグアといっても、ピンとこない方も多いだろう。中米でメキシコを除けば最大の面積を誇りながら経済は中南米の中でハイチに次ぎ遅れ、国民は貧しい中、明日の生活のやりくりに追われている。国土の真ん中に大きなニカラグア湖が位置し、一時、ここを通って大西洋と太平洋を結ぶ第二パナマ運河が構想された。仮にそれが実現していれば、この国の運命もずいぶん違ったものになったはずである。ちなみに、この湖には淡水に棲むサメがいて、知らずに遊泳する観光客がたまに被害にあう。

iStock / Getty Images Plus / Rainer Lesniewski 写真を拡大

 1972年、大きな地震が起こり、首都のマナグアは壊滅状態になった。ただでさえ貧しい国である。大地震により瓦礫となったこの国は、その後復興の道をたどったかというとそうではない。左派勢力による革命が起こり、社会主義政権が誕生したものの、これに反発するコントラ(新米反政府民兵)との間に内戦が勃発、国土は荒廃し左派政権は崩壊、反体制派がとってかわり更にその後右派の自由連合が政権の座に就いたものの、2006年、再び左派勢力が政権の座についた。しかし、昨年来、主要な援助供与国であったベネズエラからの支援が途絶えたことが影響し経済が疲弊、この4月からの混乱に至っている。

 この、革命勢力と反革命勢力に揺れるニカラグアにあって、現在大統領として同国を率いているのがダニエル・オルテガ氏である。オルテガと聞いて、昔の革命の闘士の名を思い浮かべる人もいるかもしれない。それもそのはず、このオルテガ氏、1970年代末に、時の独裁者を倒し革命政権を樹立した「革命の英雄」に他ならない。

40年以上におよぶ独裁支配を終わらせた英雄

 ニカラグアという国の実権は、長い間、ソモサ一族の手に握られていた。1936年からのアナスタシオ・ソモサ・ガルシア氏、1957年からのその子ルイス・ソモサ・デバイレ氏、63年からのその弟アナスタシオ・ソモサ・デバイレ氏と、実に40年以上もソモサ一族がこの国に君臨し続けた。当時、国民にとり、ソモサという名前は絶対で、誰もがソモサ氏を恐れていた。反逆でもしようものなら容赦ない弾圧が加えられるという空気が国中にみなぎっていた。1960年代半ばのことである。確かに当時のアナスタシオ・ソモサ・デバイレ大統領は堂々たる体格で他を圧倒するような威厳があった。誰もがこの大統領の前でひれ伏し小さくなっていた。

 そのソモサ大統領を、1962年に結成された革命組織サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が倒す。背景には、40年以上にわたり続けられたニカラグアの独裁支配、及び数々の腐敗と利益の独占に対する不満があった。国民の怒りがサンディニスタ革命を呼んだ。ソモサ氏は外国に亡命、サンディニスタが政権を掌握した。

 このサンディニスタ革命を主導したのがオルテガ氏である。1945年生まれの現在72才。サンディニスタが組織された1962年当時、まだ18才の若者だった。若者の純粋な正義感はソモサの独裁を赦すわけにはいかない。しかし、オルテガ氏はサンディニスタに参加したものの政府により逮捕、7年間の獄中生活を強いられた。その後1974年、捕虜交換により釈放、キューバに渡りカストロの下で革命の手法を学んでいく。やがて機を見て帰国、学んだことを実践に移し、1979年、とうとうソモサ打倒に成功する。

 あの絶対と思われたソモサ大統領が、弱冠34才の若輩が率いるサンディニスタにより打倒される。多くの国民は信じられない思いで革命を見守った。この時、オルテガ氏は、やや理想主義に偏るところはあったにせよ、独裁を排し国民すべてが幸福に暮らせる国を建国する、との崇高な志に燃えていた。それを疑う者はいない。オルテガ氏の人生第一幕は前途洋々たるものだった。実際、オルテガ氏は1984年、民主的な選挙により大統領に選出、矢継ぎ早に社会インフラの整備、福祉の充実等、革命の理想を実現に移していった。

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