WEDGE REPORT

2018年4月10日

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 4月2日、ウィニー・マンデラが亡くなった。南アフリカ元大統領、ネルソン・マンデラ元夫人、享年81歳。

 ウィニー・マンデラの生涯は、その夫の一生ともどもアパルトヘイトに対する闘争以外の何物でもない。しかし、ウィニーの81年をマンデラ元大統領(以下、マンデラ)の生涯と比較するとき、そのあまりの違いに愕然とさせられる。マンデラの、あの慈愛と温和に満ちた表情が語りかける「赦しと和解」に比べ、ウィニーが送った日々は、余りに過激で狂気のにおいすらする。

4月2日に亡くなった故ネルソン・マンデラ元大統領の前妻、ウィニー・マンデラ氏。その生涯は、過酷な闘争に身を捧げたものだった(写真:ロイター/アフロ)

 この二人は38年間夫婦ではあったが、共に過ごした日々は6年に過ぎなかった。言うまでもなく、マンデラが27年間、塀の中にあったからである。許された面会は半年に一度、それも分厚いガラス越しの、監視が目をひからせる中でのわずかな時間だった。触れあうこともできない。思いを伝えあうこともできない。そういう日々が夫婦生活の8割を超えた。

獄中の夫の思いを受け継ぎ、闘争に身を捧げたウィニー

 二人は南ア黒人社会のエリートだった。マンデラは当時初の黒人弁護士として鳴らした。ウィニーも当時の黒人女性としては珍しい、大学でソーシャルワークを学ぶ学生だった。卒業後、ヨハネスブルクの一角にある黒人居住区ソエトの中のバラグワナス病院で働いている。初めて会った時、マンデラは稲妻に打たれた、と後に告白した。

 当時マンデラは既に結婚していたが、すぐにそれを解消、ウィニーに結婚を申し込んだ。当時ウィニーは22歳。エリート同士の結婚は、はたから見ればうらやむものだったろう。しかし、アパルトヘイトの闘士マンデラが家にいることは滅多になかった。子供を二人もうけたものの1963年、マンデラは逮捕、あの、戻るあてもないロベン島送りとなった。

 マンデラが獄中で辛酸に満ちた生活を余儀なくされた間、ウィニーが送った日々もまた筆舌に尽くせないものだった。彼女の狂気は、この間の日々をたどることによってのみ明らかになるにちがいない。夫を獄中にとられたウィニーは、マンデラの分まで反アパルトヘイト闘争に奔走した。それが夫の思いを受け継ぐことだった。獄中の夫に代わり、シャバにいる自分が夫の分も闘争に身を捧げなければならない。

 しかし、1961年、ウィニーもまた囚われの身となり491日に及ぶ獄中生活を経験する。その経験は、ロベン島に優るとも劣らない過酷なものだった。ウィニーは当時を振り返り「生殺しでしかなかった」と言う。独房の中で刑吏に小突き回され、拷問にさらされ、血を吐き、全身が腫れのためパンパンに膨れ上がった時、ウィニーはようやく釈放されたが、更にその後、8年にわたるブランドフォードの軟禁生活が待っていた。

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