日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2018年10月12日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

台湾の元総統・李登輝さんが今も大切にしている「日本の精神」とは――? 唯一の日本人秘書である早川友久さんが、李登輝さんの言葉の真意を読み解きながら、その素顔を明かしていきます。(⇒この連載のバックナンバーを見る

李登輝元総統と早川友久氏(写真:筆者提供)

 李登輝は、総統の座についたとき、民主化や自由化を進めていくなかで「三つの改革」を行わなければならないと考えたという。

 三つの改革とは「司法改革」「教育改革」「精神改革」を指す。

 長年の独裁体制によって司法も毒されており、司法の独立を確立させることを目指した。教育改革では、それまで中国の歴史や地理ばかりが教えられていた教育現場に、台湾の歴史や地理の教育を盛り込んでいくことを狙ったものである。

 そして何より李登輝が重視したのが精神改革だった。当時、戦後40年以上が経過し、国民党による独裁政治のもとで歪められてしまった台湾の人々の精神を立て直し、自信を持たせようとしたのである。

李登輝が大切にする「日本の精神」

 以前の記事で、「李登輝が『私はね、毎日テレビで暴れん坊将軍を見ているんだ』と話すと、日本からの来客はびっくりする」と書いたが、もうひとつ来客を驚かせるのが、ある「湯呑」である。

「台湾人が学ばなきゃいけない、そして日本人も忘れちゃいけない日本の精神があるんだ」と言いながら、李登輝は側にいる私に「ちょっとあれを持って来なさい」と少しイタズラ心のありそうな表情で言う。持ってきた湯呑には「日常の五心」と書かれている。

 2016年7月、李登輝は沖縄県石垣市を訪問した。全国青年市長会による招聘を受けたかたちだが、これには少しエピソードがある。

 その前年の2015年7月、李登輝は東京の国会議員会館で、400人を超える多数の国会議員を前に演説した。その会場で講演を聞いていたのが、全国青年市長会の会長を務めていた吉田信解・埼玉県本庄市長だった。

 吉田市長は、台湾に留学経験があるだけでなく、台湾の民主化を成し遂げた李登輝を尊敬する人物として挙げていた。そこでぜひとも李登輝を全国青年市長会の総会に招きたい、という相談が舞い込んできたのだ。

 それまで李登輝は90歳を超えているとは思えないほどパワフルで、スケジュールはぎっちり、来客があれば2時間近くも話し続けることはザラだった。実際、国会では、1時間立ちっぱなしで講演している。

 ところがその数カ月後、軽い脳梗塞で体調を崩してしまった。吉田市長から訪日要請の相談を受けたときには、回復途上だったものの、日本との窓口を任せられている私からすると、東京行きは身体への負担が心配だと暗に辞退を匂わせる返事をしながらも、再考をお願いした。

 ただ、後に何度か相談を繰り返したなかで「例えば沖縄あたりだったら可能性はあるかも」と私が口走ったことから、事態は動き出す。

 全国青年市長会の会長が翌年交代するのだが、次の会長は沖縄県石垣市の中山義隆市長だという。

 沖縄であれば確かに体力的な負担は少ない。しかも石垣島は沖縄本島よりさらに台湾寄りだし、夏であれば台北から直行便もあり、なんとフライト時間45分程度で着いてしまう。そして何よりも新会長のお膝元だ。これだけの好条件が一気に揃うということは、天の配剤のようにも思えた。

 早速、吉田市長と中山市長に、招聘状を持って台北まで来てもらい、ここから石垣島訪問がスタートしたのである。

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