八月の風物詩

2011年8月7日

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安藤寿和子

安藤寿和子
1964年、京都生まれ。フリーライター。京都を中心に、人・食・ 旅・伝統芸能などをテーマとした取材、執筆を行う。

 「松上げ」は、鄙(ひな)に伝わる火の行事である。現在、この火まつりの伝統が残るのは、花脊(はなせ)、広河原(ひろがわら)、久多(くた)、小塩(おしお)、美山(みやま)、雲ヶ畑(くもがはた)など、洛北から若狭にかけての山間の里村。のどやかにゆかしい名を持つこれらの地で、木を樵(こ)り、炭を焼き、山の恵みを糧に暮らした人々は、何よりも火を畏れ、敬い「火を司る神」であるところの愛宕神を篤く奉じたのだろう。愛宕信仰に根ざす火伏せの祭礼、神社への献火であった松明(たいまつ)行事に、いつしか盆の送り火の意味合いも加わり、今に受け継がれるのが「松上げ」なのである。

 日もとっぷりと暮れた午後8時頃、灯籠木場(とろぎば)と呼ばれる平地のぐるりに立てられた数百の「地松(じまつ)」へ一斉に点火されると、いよいよ火まつりの幕開け。中央に聳(そび)える高さ20メートルほどもの巨大松明「灯籠木」めがけ、土地の男衆が火縄状になった手松明をぐるぐると弾みをつけて投げ上げる。さながら火の玉入れだ。漆黒の空に無数の火の玉が飛び交い、紅蓮の滝が流れては消える。

 やがて、渾身のひとつが灯籠木の先の大笠に届く。と、それを目印にひとつ、もうひとつ……。虚空の火は次第に勢いづき、その燃え盛るさなか、火の塊となった大松明はどうと地響きをあげて倒され、山里の火まつりは大団円を迎えるのである。

花脊の松上げ。男たちが投げる無数の火の玉が、夜空に炎の滝を描く (写真:中田 昭)

 多くの松上げはこのような次第だが、ただ一カ所、雲ケ畑は異なる形態の「松上げ」を継ぐ。その昔、藤原良房との政争に敗れ退いた惟喬(これたか)親王の隠棲地のひとつ、というこの集落には、親王をお慰めするべく松明を上げたとの由来が伝承されており、大文字の原型を思わせる如くの火文字を掲げ、松上げとしている。

 「惟喬親王さんのことは、子供の頃から何とのう聞かされて、雲ケ畑のモンは、どこか親しみをもっているんですなぁ。また、鴨川の源流にあたるこの地では、御所へと流れていく水を穢してはならん、ということで、昔から土葬はせず火葬、といったような、独特の弔いのかたちも守られてきました」と語るのは、雲ケ畑松上げ保存会会長、波多野隆志さん。

 禁裏(きんり)との縁浅からぬ賎(しず)の里の夜空に、ぽうと浮かぶ炎の文字。文字は村の二カ所であがるが、そのひとつは、親王の宮址とも、落飾(らくしょく)地とも言われ、不遇の宮が納めたとされる般若経600巻「惟喬般若」を今に残す古寺、高雲寺境内から眺めるのがもっとも美しい。文字は毎年変わり、それは点火の瞬間まで秘密、が習わしと聞く。

 さて今年は、どんな文字があがるのだろう。

*高貴な人が仏門に入ること


 

【松上げ】▼花脊松上げ:8月15日/21時頃~(松明点火時間、以下同)▼広河原松上げ:8月24日/20時30分頃~/以上、問左京区役所花脊出張所☎075(746)0215▼久多宮の町松上げ:8月23日/20時頃~/問左京区役所久多出張所☎075(748)2020▼小塩の上げ松:8月20日/20時頃~/問水木様方☎0771(53)0706▼美山松上げ(盛郷、殿、川合、芦生の4カ所、芦生以外は上げ松):8月24日/20時頃~/問美山町観光協会(南丹市)☎0771(75)1906▼雲ケ畑松上げ(出谷町、中畑町の2カ所):8月24日/20時頃~/問北区役所雲ケ畑出張所☎075(406)2001
※いずれも路線バスなど公共の交通機関の最終便が出た後の点火となるので、日帰りでの観賞は難しい。花脊、小塩、雲ケ畑は予約制の観賞バスが出る見込み(有料・雨天中止)。花脊、小塩行の予約・問い合わせは京都バス運輸部営業課☎075(871)7521へ。雲ケ畑行については前掲の北区役所雲ケ畑出張所へ。

◆ 「ひととき」2011年8月号より

 

 

 

    

 
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