NPOに差っ引かれる金額は全部あわせると11万円を超える人もいます。手元にはほとんど残らないから、貯金なんてできない。いつまで経っても経済的に自立できない。NPO側の取り分は多すぎると思います。でも、どうしようもないのです。不満だからと言って、ここを出るわけにもいきません。出て行って住所がなくなると、生活保護を受け取ることもできなくなりますから。それに、ここでは最低限の暮らしは保障されています。「もし、つまづいたらどうしよう」とそんなことを思うと、ためらってしまいますよ。
なかには、NPOに保護費の大半を持っていかれるのを嫌がって、支給日に窓口で保護費を受け取ると、札束の代わりに新聞紙を封筒に入れてスタッフに渡し、そのすきに役所の玄関をすり抜けて逃げ出す人や、裏口から逃げ出す人もいました。そういう人たちは、しばらくは行方知れずになってしまうのですが、結局、またこの建物に戻ってくるんです。行くところがないのは皆、一緒ですからね。
路上生活者のスカウトに縄張りが
この建物に住むのは90世帯ほど。夫婦で暮らしている人もいます。30代くらいの若い人も10人ぐらいいるでしょうか。どの人も生活保護を受け取っています。燃料代を節約するためでしょう、2階の大風呂以外は使用禁止です。ホテルだったために、各部屋に風呂があるにもかかわらずですよ。大風呂の隣には、かつて食堂だった広い部屋があるのですが、そのなかはベニヤ板で仕切られ、住人が何人も押し込められています。ほとんどの住人は、安い酒を買ってきて酒盛りをするか、テレビを見るかして過ごしています。
NPOはこうした生活保護の受給者を集めた施設を、神奈川県内にさらに数か所と、千葉県や福島県などにも持っているそうです。経営の悪化で倒産したホテルや旅館の建物をそのまま利用したところが多いようです。なかでも福島県内の施設は、他の施設で酒を飲んで騒ぐなどのトラブルを起こした人が入居させられるところで、私たちは「流刑地」と呼んでいます。全体では数百人の生活保護受給者を囲い込んでいるのではないでしょうか。
NPOのスタッフに言われて、路上生活者のスカウトを手伝ったことがあります。夜の横浜市内の公園でした。寝転がったり、独りでぽつんとしたりしている人たちに「住むところはありますか?」って声をかけるんです。結構、たくさんいますよ。住むところに困っている人たちは。私も何人か連れて来るのに成功したことがあります。
あるとき、NPOのスタッフが「神奈川県内よりも東京のほうがスカウトの効率がいいはずだ」と言い出して、都内の盛り場のそばの公園までスカウトに行ったんです。確かに路上生活者はたくさんいましたね。でも、声をかけていると、そこの公園は別のグループの縄張りだったみたいで、「誰に断ってそんなことをしているんだ」と怒鳴り込まれてしまいました。どうやら都内は、路上生活者の囲い込みが盛んで、どの公園はどこのグループが声をかけると厳しく線引きをしているようです。
他に頼るところなどない
こんな生活をいつまでも続けていいものか、迷いはあります。でも、ハローワークに行ってもいい仕事なんて見つかりませんし、だいたい若くないと面接すらしてくれません。
NPOのやり方は巧妙だと思います。保護費のほとんどを取られてしまいますから、ここを出てどこかに転居するような余裕は出てきません。こういうやり方は頭にも来ますが、ここでの生活はこれでなかなか居心地が良いのも事実です。それに、NPOも私たちを上手に扱うというか、親切で声を荒げるようなことはありません。
以前にしていた仕事は、働いても働いても生活が安定しませんでしたが、それに比べるといまは楽です。このままずっと居ついてしまうしかないのでしょう。他の住人たちも同じだと思います。私たちには、ここより他に頼るところなどないのです。
[特集] 生活保護をどう考える?
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