立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年2月4日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 
iStock / Getty Images Plus / tomloel

 セイコーウオッチ上海現地法人であった殺人事件の確定判決が出た――。殺人犯の方偉南(以下、「方」という)には、一審で下された死刑2年執行猶予の判決が確定された(中国では現在二審制が採用されている)。殺人犯罪に厳しい中国で「故意殺人罪」とされた案件としては、異例の軽い刑といえる。

日系企業の危機管理能力の欠落

 この事件について、産経新聞が2016年4月25日の紙面で、「中国進出日系企業従業員の事件に衝撃 社内の情報収集限界露呈」という記事を掲載し、私に対する取材内容も含め報道した。

 事件について簡単に説明すると、セイコーウオッチ上海現地法人(以下、[セイコー公司」という)のオフィスで2016年3月28日、58歳(当時、以下同じ)の中国人従業員の男が管理職の33歳の中国人女性の頚部を切りつけて死亡させ、近くにいた29歳の中国人女性にも顔面や腕などに大けがを負わせるという殺傷事件が起きた。在中日系企業の場合、労働紛争やストライキ、従業員不正などの事件はよくあるが、さすがに殺人事件となると、現地の日本人社会にはただならぬ衝撃が走った。

 仕事上のトラブルが原因だが、殺意を芽生えさせるほどのトラブルは相当重大なものだろうし、また時間的な蓄積もあっただろう。これを会社の上層部は事前にまったく把握していなかったのか、それとも把握していながら適正な対処を怠ったのか、日常的な労務管理上のリスク察知・予防制度は機能しなかったのか、大惨事を未然に防ぐことは本当にできなかったのか……。

 当時上海在住だった私は、現地日系企業向けのセミナーで、この事件を労務管理の事例として取り上げようとメールで告知したところ、セイコー公司の弁護士からすぐに警告文が会社宛てに送られてきた。まだ取り調べ中ということで、無責任な発言には法的責任を覚悟しなさいといったような内容だった。

 殺人事件はすでに現地のテレビや新聞によって報道されており、公開情報である以上、私は経営コンサルタントの立場から仮説を立てながら、経営・労務管理面のリスク管理策を語るだけで、警告される筋合いはないと考え、その旨の回答文を会社の弁護士から送り返した。セミナーは中止することなく、予定通りに開催された。

 セイコー公司には危機管理のマニュアルがほとんどなかったように思える。ローカルのテレビ局が事件発生の直後に現場に駆けつけると、なんと(殺害された)被害者・黄さんの夫が取材のカメラに向かって、「妻は犯人の上司。会社は彼(犯人)と労働契約を更新しない、解雇することで、彼は感情的になったのかもしれない……」と言い放った(上海TV「新聞総合」ニュース番組)。社外の第三者がなぜ、内部事情をそこまで知っていたのか。しかも、取り調べの前にもかかわらず、無責任な発言を連発している。企業側のリスク管理、危機(クライシス)管理がずさんだったと言わざるを得ない。

 だが、これはセイコー公司に限った話ではない。似たような事案はほかにもたくさんある。また別の機会に紹介したい。

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