迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年1月31日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 自らの働き方すら改革できない政治家に頼っていたら、働き方改革はいつまで経っても実現できない(参照:働き方改革の議論はなぜ進まないのか?)。だったら、民間企業はそれぞれ独自にやればいい。いや、そうしなければならない。

 そもそも労働法改正や労働(最低)基準の設定は政治家の仕事だが、働き方や働かせ方云々は企業レベルの話であり、企業内の労働政策や人事制度の改定は企業がそれぞれ自社の状況を見極めたうえで取り組むべき課題である。

iStock / Getty Images Plus / champc

「能力や経験」が同じでも「成果や貢献」が同じとは限らない

 2018年、国会で大きな論争を巻き起こした「働き方改革関連法」。「同一労働同一賃金」もその内の1つのアジェンダであり、大企業の場合は2020年4月、中小企業は2021年4月から適用する予定となっている。

「非正社員の基本給は、能力や経験が同じならば正社員と同じ支給を原則とする」としながらも、「正社員の待遇を引き下げて格差を解消することは望ましくない」とする厚生労働省の指針だが、アンチテーゼとなる場面が出てくる。それが原資の問題だ。原資不足の場合、2要件の同時満足はできないからだ。

 この2つの要件を見ると、どちらも「善」である。しかし、「善」と「善」の間にしばしば矛盾が生じる。その場合には、全局観に立った優先順位の決定が必要になり、片方の善を後回しにしたり、あるいは一時的に切り捨てるという現実的な「必要悪」の出番となる。この「必要悪」の引き受け手が現れないと、垂れ流される状況の悪化が進み、最終的にどちらの善も毀損され、最悪の場合は善の崩壊に至らしめる。

「非正社員の基本給は、能力や経験が同じならば正社員と同じ支給を原則とする」と「正社員の待遇を引き下げて格差を解消することは望ましくない」の2要件を吟味すると、前者は原則的正論であって、後者は既得利権層の代弁である、という本質が見えてくる。

 さらに掘り下げてみる。「能力や経験が同じならば」、イコール成果や貢献も同じになるのか。そこで外れ値が続出すれば、「成果や貢献」の異なる従業員に同じ給料を払っていいのか、という、それこそ「同一労働同一賃金」の本義が問われる議論になる。必要悪を含む本質から逃げ回り、二善的な、浮き足立った命題設定はそもそも議論に耐えられたものではない。

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