ネット炎上のかけらを拾いに

2019年2月7日

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 「裸の付き合い」という独特の文化。

(miller2/iStock/Getty Images Plus)

「9歳までは混浴OK」は1964年基準

 1月末に、ツイッター上に投稿されたある漫画に賛否両論が集まった。「女湯にいる男児が苦手」という漫画だった。

 描いたのは、息子と娘のいる女性。漫画では、育児サークルで母親たちの尻を叩いて喜ぶ3才男児がいたことや、女湯で6、7歳頃の男児が女性たちの裸をガン見していたこと、夫にコメントを求めたところ「保育園まではしめしめと思いながら女湯に入ってた」と返答されたことを挙げ、男児は男湯に入れてほしい(無理なら家族風呂や内風呂の利用を)と締めくくられていた。

 非常にさまざまなことを考えさせられた。

 たとえば女児の場合、父親と一緒に男湯に入って盗撮されてしまったというニュースはときどき報じられる。その際、ニュースのコメント欄では「連れて入るなんて危機感がない」と書かれることがある。このようなニュースを聞くと、女児は何歳であっても女湯に入れることを規則にした方が良いのではないかとさえ思う。

 だが一方で、男児の場合だって女湯に入る男児を盗撮する、あるいは見て楽しむ女性がいる可能性はゼロではないのだ。ゼロではないのに、そちらの方向での検討は行われない。もちろん、男湯に入った女児が男性を性的な意味でガン見する可能性も顧みられることはない。ガン見されて嫌な思いをする男性も今のところ考慮外だ。大人の危険な思い込みがここにある。さらに、その子どもの性自認がどうなのかという、複雑な問題もある。

 また、自分の性と異なる湯に入れられるということは、それが男児であっても女児であっても、ある年齢を超えれば強烈な体験だ。自分以外は自分とは違う体なのだ。意識するなという方が無理で、子どもに対する虐待に近いとも思う。数年前、女性アイドルが裸の胸を後ろから男児に手で隠させた一枚を写真集で披露し、虐待にあたると批判を浴びたことは記憶に新しい。あれを「男児へのご褒美だから」という時代ではないのだ。

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