世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年3月25日

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 1月22日、ドイツの町アーヘンの市役所で、メルケル首相とマクロン大統領が、独仏両国の協力と欧州統合を一層推進する条約に署名した。このアーヘン条約は、平和と安全保障、文化、教育、研究、気候、環境開発、経済など、多岐にわたる包括的な独仏協力をうたったものだが、最も重要なのが防衛、安全保障で、就中両国の領土に対する侵略が行われた場合、「兵力を含むあらゆる手段」で支援することを約束している。 

(Trifonenko/tkacchuk/iStock)

 この約束は、集団的自衛権を定めたNATO条約第5条を越えるものとされている。NATO 条約第5条は、締約国が攻撃を受けた場合、「必要とみなす行動を取る(…such action as it deems necessary…)」と規定しているが、アーヘン条約での支援は無条件とされている。 

 これは、欧州が自らの運命を決める時期が来たとの認識に立ったものと言われる。そして、それはトランプ大統領のNATO観に由来するものである。トランプはNATOでは米国が不当に多くの財政を負担させられているとして、他の加盟国に防衛費を少なくともGDPの 2%支出するよう求めたが、基本的にNATOを税金の無駄使いとみなしている節があり、米国のNATOからの離脱さえ示唆している。このような状況の下で、欧州諸国が米国には頼れないと考えるのは当然である。 

 米欧関係は、第二次世界大戦後の国際社会で大きな比重を占めてきた。米欧は基本的価値観を共有するのみならず、先進国経済圏として世界経済をけん引し、民主主義地域として戦後世界の秩序の維持発展に貢献してきた。しかし、米欧の一番強い絆はNATOに集約される安全保障面であったと思われる。冷戦後もロシアの脅威に対し、共同で対処してきた。 その絆が切れるということは、米欧関係にとって革命的変化である。欧州が米国に頼らずに自らの安全保障を確保しようとするのは画期的なことである。 

 しかし、米国以外の締約国が、米国がNATOで果たしてきた役割を肩代わりするのは容易ではない。欧州ではこれまでも自身の手で欧州の防衛を強化しようとする動きが見られ、特に、マクロン大統領は、欧州統合軍の創設の必要性を強調してきた。 しかし、これまで米国が果たしてきた役割に代わるような欧州統合軍の設置には欧州諸国の防衛費の飛躍的な増加が必要で、実現には時間がかかる。

 アーヘン条約では、フランスがドイツに核の傘を提供したことが重視された。条約の条文中には核の傘に対する直接の言及はないが、マクロン大統領がインタビューに答えて、その点を明らかにしたという。 核の抑止は欧州統合軍の創設と異なり、時間がかかる問題ではない。ロシアの核攻撃に対する抑止には、必ずしもロシアと同じ核戦力は必要ない。抑止はロシアが堪えがたいと思う被害を与える能力があれば成り立つ。何が堪えがたい被害であるかの判断には主観的要素も入る。フランスの持っている約300の核弾頭とミサイルで、ロシアが堪えがたいと考えるような核攻撃をすることは可能であり、そうとすればフランスの核能力は対ロ抑止力を持っていると言える。ただ、ドイツを核の傘のもとに置くことは可能としても、欧州全体を置くことまでは考えてないだろう。その意味でフランスは米国の肩代わりはできず、米国が手を引いた後の欧州の核抑止は大きな問題である。 

 トランプのNATO観で、NATOが崩壊したわけではない。しかし、その土台が大きく揺らいでいることは間違いない。これからの米欧関係は未知の領域に入っていく。その中で独仏の安全保障協力は重要な役割を果たすことになるだろう。 

 1963年のエリゼ条約は独仏の戦後の和解を確認した歴史的文書であったが、アーヘン条約が米欧関係の基本的変化の中での独仏の協力を謳ったものとして、同様に将来歴史的意義のある文書であると認められることになる可能性がある。実際、同条約には、エリゼ条約の独仏和解と協力の精神のもと、21世紀の状況に合わせて、さらなる独仏協力と統合を促進するとの規定がある。ただ、内容が抽象的であるので、状況の変化等に応じ、どれだけ具体的に独仏関係の深化が進むかは未知数である。
 

  
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