CO2「25%削減」
鳩山演説の払った犠牲

WEDGE2009年11月号特集


澤 昭裕 (さわ・あきひろ)  国際環境経済研究所所長

1957年、大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)入省。東京大学先端科学技術研究センター教授等を経て現職。21世紀政策研究所研究主幹も務める。

WEDGE REPORT

ビジネスの現場で日々発生しているファクトを、時間軸の長い視点で深く掘り下げて、日本の本質に迫る「WEDGE REPORT」。「現象の羅列」や「安易なランキング」ではなく、個別現象の根底にある流れとは何か、問題の根本はどこにあるのかを読み解きます。

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2009年、国連気候変動首脳会合で鳩山総理が1990年比25%削減構想を打ち出した。「これで日本が世界をリード」「産業界は猛反対」と甲論乙駁だが、この演説が大きな犠牲を3つ払ったことを、まずは知る必要がある。

トップダウン外交への回帰

 2009年9月22日の国連気候変動首脳会合で、鳩山由紀夫総理は温室効果ガス1990年比25%削減構想を打ち出し、各国からは高い評価を得た。しかし実際には、カードを切っても短期的には実害の少ない地球温暖化問題に焦点を絞って、新味がある構想を打ち出すことで新総理の外交的パフォーマンスの最大効果を狙ったものだったといえる。そのために、温暖化外交の分野で大事にしなければならなかった重要な要素をないがしろにするという犠牲を払ったのである。それは、第一にボトムアップ・アプローチの放棄、第二に公平性に関する見識欠如、第三に経済との両立無視である。

 京都議定書交渉において、日本は、既に世界一だった自国のエネルギー効率から見て達成が極めて厳しい90年比6%削減目標を受け入れた。一方、EUは既に90年から温暖化政策とは無関係に、東西ドイツ統合後の合理化効果や英国のエネルギー自由化政策など、温室効果ガスの削減傾向が明確だったにもかかわらず、達成容易な▲8%の目標を受け入れるにとどまった。また、米国は達成困難な▲7%に合意したが、そもそも米国上院は合意以前から批准に反対していたため、クリントン政権は批准努力さえせず、ブッシュ政権になって、京都議定書から離脱した。

 EUの巧みな外交戦術や米国の自国中心的外交のような、各国首脳が自国に有利な計算方法や見せ方(例えば、基準年をどこにするか)で作られた数字を片手に、パフォーマンスを繰り返し、自国の負担を最小限に抑える国益交渉を行うとの「トップダウン・アプローチ」は、日本の外交が得意とするところではない。したがって、合理的な根拠なく「見栄え」だけを操作することが容易な「数値競争」の愚を繰り返さず、各国とも部門や産業ごとに科学的に分析された削減ポテンシャルとそのコストに基づいて各国の削減目標数値を定めるセクター別アプローチに方針転換してきた。そうしたアプローチは、データの客観的分析作業から始めるので、本質的に「ボトムアップ・アプローチ」になるのだ。

 鳩山総理の25%削減構想の本質は、こうした方針転換の「再転換」なのである。国内経済界や労働組合からは、25%の実現可能性や経済コスト・雇用不安の増大の観点から、強い批判と懸念が表明されている。しかし、鳩山総理の温暖化外交を演出している人たちにとっては、こうした批判は織り込み済みだろう。むしろ、25%削減約束を、「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が前提」(鳩山総理)としておくことで、具体的な数値目標の合意に向けた国際交渉プロセスが長引いている間中、日本は世界の中で大きな顔ができ、無理な要求を押し付けられることはないというトップダウン・アプローチのつもりかもしれない。

 しかし、もし本気で「トップダウン・アプローチ」を進めるのならば、25%削減構想がもっとも新鮮な間に、日米、日中の首脳会談に加え、EUに対しても日本の目標が世界一厳しいものであることを強調したうえで、相手国の譲歩を迫っておかなければならなかった。25%削減構想を鳩山外交の目玉とするのであれば、9月の一連の外交機会を無駄にして、国連の会場で拍手を受けたことで自己満足してしまったことは、今後尾を引く問題となる。

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著者

澤 昭裕(さわ・あきひろ)

国際環境経済研究所所長

1957年、大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)入省。東京大学先端科学技術研究センター教授等を経て現職。21世紀政策研究所研究主幹も務める。

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