WEDGE REPORT

2011年12月21日

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井上寿一 (いのうえ・としかず)

学習院大学法学部教授。1956年生まれ。一橋大学社会学部卒業。法学博士。93年より現職。専攻は日本政治外交史。主著に『戦前日本の「グローバリズム」』(新潮新書)、『戦前昭和の世界』(講談社現代新書)などがある。

グローバリズムに対抗したリージョナリズムの動きが顕著になっている。
かつて日本は、「対米協調が必要」だと認識しながらも、破局の道を歩んだ。
1930年代の構造変動と類似する現代。歴史から学ぶべき教訓とは何か。
WEDGE1月号 特集『膨張中国 目を覚ませ日本 』より)

 現代の国際政治はグローバリズム(アメリカ的な価値の世界化)対リージョナリズム(国際的な地域主義)を構造変動の特徴としている。このなかで、日本はどのような国家をめざすべきなのか。ここでは1930年代との歴史的な比較によって考える。

 米ソ冷戦終結後、アメリカの覇権が確立するかにみえた。ところが90年代の湾岸戦争、2001年の9・11テロを経て、アメリカ主導のグローバリズムに対する批判が強まる。アメリカと中東との対立は、「文明の衝突」と表現され、08年には「リーマン・ショック」が起きる。アメリカ主導の市場経済原理主義に対する懐疑が世界に広がる。グローバリズムに対抗するリージョナリズムが台頭する。

 日本も同様の軌跡を描く。90年代の「嫌米」論は紆余曲折を経て、「東アジア共同体」構想につながる。鳩山由紀夫政権の「東アジア共同体」構想が挫折したのち、今度は環太平洋経済連携協定(TPP)論争における反対論が起きる。

 このような国際政治の構造変動と類似した展開を示すのが1930年代である。第一次世界大戦はアメリカの参戦によって、勝敗が決まった。戦後国際秩序はアメリカ主導によって確立する。20年代はアメリカの覇権による平和(パクス・アメリカーナ)の形成期だった。パクス・アメリカーナは政治・経済・社会の諸分野におけるアメリカ的な価値の世界化をもたらす。

 20年代のグローバリズムに急ブレーキをかけたのが29年のアメリカ発の世界恐慌である。アメリカの自由主義経済に対して、英連邦特恵関税ブロックが生まれる。アメリカの民主主義に対抗するドイツ・イタリアの全体主義国家が勢いを増す。アメリカの大衆消費文化への警戒の念も強くなる(たとえば当時イギリスではハリウッド映画を排除する法案が審議されている)。

ブロック化しても米国は必要だった

 30年代におけるグローバリズムとリージョナリズムの対抗関係は日本に何をもたらしたのか。

 従来の理解はつぎのとおりである。満州事変と国際連盟脱退によって国際的に孤立した日本は、「東亜ブロック」によって、「持てる国」英米に対抗した。その結果、日中全面戦争から日米戦争へと戦争を拡大し、破局に至った。

 ところが実際には、日本は通商自由の原則を掲げて、世界的な規模で経済外交を展開している。30年代において「ヒト・モノ・カネ」の交流が活発化した日本の外交空間は拡大する。その先には戦争以外の外交選択の余地があった。

 30年代における通商貿易の自由と対米協調の日本外交はつぎのような軌跡を描く。

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