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2019年6月26日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

 60歳を超えると100通、200通と履歴書を出しても返信はないか、「御意向に添えかねます」とか「貴殿の輝かしい将来を祈念します」などという慇懃無礼な断りの手紙が次々と戻ってくる。そのうちアルバイトでさえ、面接まで辿りつけなくなる。それが現実だ。その壁をいかに打ち破るのか? そしてそのあとの面接はどう対処すべきか?

(RUNSTUDIO/Gettyimages)

相応しい人材募集との出会いは必ずある

 仏教では執着こそが苦の始まりと説く。そこで私は、大学教授の職とその高収入をあっさりと諦め、収入は少なくともこれまでの経験を社会に還元できる職を探すことにした。とはいえ、職場を都内かその近郊に絞った。食材や薬品の乏しいベネズエラでの単身赴任の生活には、こりごりしていたのである。

 とある晩春の昼下がりだった。「我に働く仕事あれ!」と念じながら日課のネットサーフィンをしていると、外務省の中米とカリブ海地域にかかわる援助関連の非常勤職の募集が目にとまった。この地域には縁がある。私は6年間もベネズエラにいたし、JICAのグアテマラでの無償援助とホンジュラスでの漁業援助のプロジェクト評価に従事したことがある。今度こそぴったりではないか。

 大学教授の職はアイガー北壁のように難度が高かったが、外務省は臨時職員なのだからどうみても小学校か中学校の陸上競技のハードル程度のものだろう。私の耳元には、「2001年宇宙の旅」の冒頭に流れた物事の開始を告げると思われる、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が朗々と響き渡ったのである。

履歴書、職務経歴書、志望動機をこう工夫してみた

 今度こそまずは面接までたどり着く必要がある。

 そこで、提出書類と志望動機には、最大限工夫を凝らした。履歴書と職務経歴書にはまずは外務省と縁があることを強調した。すなわち、外務省委託業務で、エクアドルでのマングローブ地域開発計画の調査に参加していること、次に外務省管轄のシンクタンク「日本国際フォーラム」で首相向け外交政策作成に係っていたこと、このふたつである。

 次に地域との縁もあることを示すために、アジア圏や中近東は割愛し、カリブ海、中米、南米で従事した仕事を並べたてた。ベネズエラ、トリニダードトバゴ、チリ、ボリビア、ホンジュラス、グアテマラでの、マーケットリサーチ、輸出、輸送、労務管理、社会経済分析、入札管理、環境保全、プロジェクト発掘、プロジェクト評価などの職務を、綺羅星のようにちりばめた。   

 志望動機には、筆者の援助にかかわる原点となっているボリビアのアマゾン小村でのODA鉄道復旧プロジェクトの成功と失敗 ―プロジェクトは大成功したのにボリビアの鉄道局の人間と日本人の一部が現場の村民から「おまえらのおかげで貧乏になった!」と石を投げつけられた― そんなエピソードを書くことで注意を喚起し、その経験を踏まえ、援助業務遂行にあたってはプロジェクト対象地域の住民への配慮を必ず考慮する必要があると述べ、次に中南米、カリブ海地域での援助経験に言及し、以下のようにまとめた。

 ― すなわち、援助であれ、投資であれ、まずは(1)地域の固有な基層文化―言語、食、行動様式、宗教、地域の民族ごとの相違(本地域ならば、先住民、アフリカ系、メスティソ、白人系)を把握する、次に(2)刻々と変化する、政治、経済、社会情勢を汲み取り、将来予測を立てる、そして(3)国、地域に適合した、適正規模、適正技術、適正プロジェクト形態を編み出す。

 押さえはこんなふうに感情に訴えた。

 今、変化は速い。たとえば産油国のベネズエラ。私が最初に駐在した2008年、まだ人々は概ね裕福だった。ところが、2016年~17年の今、実質通貨価値からすると、ベネズエラは南米一の最貧国に陥り、主食、医薬品、トイレットペーパーなどの生活必需品さえなく、犯罪が猖獗を極めた。

 政治が生みだした貧困。そのようなリスクの高い国に対する援助や投資はどうあるべきか? それも考えてみたい課題だ。中米、カリブ海各国、各地域の変化を汲み取り、適正なプロジェクトを発掘・形成し、実施・監理する― それこそが還暦となった私のできる恩返しだと思う。

 ほら、今度こそイイだろう。

 大学に提出した研究計画の概要と教育に対する抱負は、自身だけが評価するという実に淋しい結果に終わったが、これらの書類を提出したところ、意地悪な大学と違い、外務官僚は私の経験に目を留めてくれたのである。すなわち目出度く面接日時を決めることになった。

 ははは、ざまあみろ!

 さっそく私はネクタイなどしめて面接のために外務省へといざ出陣したのである。

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