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2012年1月20日

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岡崎久彦 (おかざき・ひさひこ)

NPO法人岡崎研究所所長・理事長。1930年大連生まれ。52年、東京大学法学部在学中に外交官試験に合格し外務省入省。外務省情報調査局長、駐タイ大使などを歴任し、92年に退官。著書に『隣の国で考えたこと』(78年日本エッセイスト・クラブ賞)、『国家と情報』『戦略的思考とは何か』『陸奥宗光とその時代』以下日本近代政治外交史5巻本などがある。

北朝鮮の安定度は治安能力の関数である。
治安能力のために全てを犠牲にしてきた政権は、大量の餓死者にも動じない。
北朝鮮の核開発は日本の安全保障上大きな問題であるが、
制裁強化と中国の圧力に頼るという実効性があてにならない政策論しかない。
冷静な分析を基に、日本の対北朝鮮戦略を検討するならば、
その要諦は日米韓の友好協力関係を一貫して深めていくということ以外にない。

 北朝鮮を如何に扱うべきか、この命題について、ここ十数年、米国と日本でおそらくは1000本を超える論文が同じような論点を繰り返し繰り返し論じている。

 それは裏から言えば、北朝鮮の情勢が根本的にほとんど変わらないからでもある。

 これほど変わらない国も珍しい。だから、サダム・フセイン、カダフィと倒れる中で、金正日のような、100万人以上の餓死者を出し、拉致事件まで起こした奇矯な独裁者が、奇しくも両者と同じ69歳で畳の上で死を迎えることができるのである。

東欧との根本的な違い

 1989年ベルリンの壁が崩壊し、91年にCOMECON(経済相互援助会議、以下コメコン)が解体して以降、東欧諸国はいずれも従来の国際的な生産体制のリンクを失って、経済活動が停止し、GDPは下降線を描いた。しかし、数年のうちに、ドイツなどからの資本と技術の導入により、資本主義体制の中で生きていける生産体制に徐々に変容して、かえって高度成長に入って行った。

 ところが、北朝鮮の場合は、コメコン解体後の経済の下降曲線は、東欧諸国と全く同じ軌跡であったが、それが回復しないまま、その後20年以上今に至るまで横這いになっている。それだけでも特異な国である。

 その間隣接する中国は、78年の文革の終了後、とくに92年の鄧小平の南巡講話以来、経済の飛躍的な成長を遂げている。北朝鮮も時として改革開放路線を導入するという話は出ているが、ごく初期的な試み以外は実現しないまま、現在に至っている。

 そんな体制が何時まで持つのであろうか、と誰しもが思う。現に2000年ごろ米国のCIAは数年内の北朝鮮の政権崩壊を予想した。

 当時私は反論した。すなわち、北朝鮮の政権の安定度を決める唯一の要素は、国内治安能力である。通常の政府ならば、国民の100万人が餓死すれば常識として持たない。

 しかし、その場合どうやって崩壊するのだ。まずは民衆の蜂起、あるいは要人の暗殺などによって政権は崩壊する。しかし、政府がそのすべてを未然に抑える治安能力を持っていれば、何事も起こらない。それはスターリンの恐怖政治と同じである。

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