使えない上司・使えない部下

2019年7月9日

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 今回は、ヒーターの製造メーカー、スリーハイ(横浜市)の男澤誠代表取締役社長と社員の2人(営業部・松本英嗣さん、総務・斎藤恭子さん)を取材した。スリーハイは、職人の技師がオーダーメイドで産業用、工業用ヒーターを制作・販売する。現在、パート社員などを含め、従業員数は33人。

 3人に話し合っていただいたのは、かつて勤務していた工場長について。工場長の激しい叱責や人格を否定する言葉に潰され、退職した技師たちが多数いた。パワハラを生み出した背景や今後の対策などを中心とした座談会となった。

(tora-nosuke/gettyimages)

 このような職場は形を変えて、多くの企業で見られるうるものではないだろうか。

創業経営者の実の息子であっても、何も言えない

男澤誠さん

男澤 私が32歳で大手IT企業を退職し、スリーハイに入社した2001年、あの人は工場長でした。確か、50歳前後だったはずです。当時、従業員は5∼6人。そのほとんどが50~60代の技師で、彼はリーダー的な立場でした。創業者であり、社長だった父によると、1987年の創業直後に入社したようです。うちに入る前は、小さな会社を転々としていたみたいですね。

 それでも、父からすると頼りになる存在だったのでしょう。技師の経験が豊富で、趣味がプラモデルづくりだけに、手先は器用。弊社の主力製品のヒーターを時間内で正確につくることができました。スピードが速かった。お客さんは増え、業績が次第に増えていきました。彼の貢献は大きかったから、天狗になる一面があったのかもしれませんね。

 入社したばかりの技師を皆の前で大きな声でバカにする光景をよく見かけました。しかも、父がいない時を見計らう。父の前では立派な工場長を演じますが、不在になると人格を否定する言葉を浴びせる。「こんなこともできないのか?(この職場にいる)価値がないな」…。

 今でいえば、パワハラでしょうね。この扱いに耐えられなく、技師が次々と辞めていきました。通算で10人は超えます。技師たちから、彼への不満や怒り、抗議などを頻繁に聞かされました。父には直接言いにくいものがあり、息子である私にせめて不満を言いたかったのかもしれません。

 この時、目の前で潰されていく人を救えないというもどかしさに苦しみました。私には役職がなく、彼に注意する権限すらない。俗に言うヒラ社員でした。経験は、工場長である彼よりもはるかに浅い。創業経営者の実の息子であっても、何も言えない。数回、遠回しに言ったことはあるのですが、不愉快な表情を露骨に見せていました。それ以上は言えなかった。あの頃は、父の後継者になる自覚に欠しかったのかもしれません。

 結局、ほとんどの技師が定着しないから、彼が中心の態勢が残り続けるのです。ますます、天狗になる。ある時、父に聞いたことがあります。「なぜ、あの人を採用したの?」。豊富な経験と高い技術力を評価しているようでした。「人格はともかく、仕事はできる。評価してあげなきゃいけない」と言っていました。

 ある意味でわかりやすい人でした。父に対して、絶対に逆らうことはしない。常に服従。下には、めっぽう厳しい。父に相当痛い目にあったんじゃないかな…。父は、仕事に厳しかった。工具の整理整頓にも徹底していました。彼に厳しく叱ったり、怒鳴ったりしている姿を何度も見ました。その不満や怒りを、他の技師にぶつけていたのかもしれませんね。そんな彼をどうしても好きにはなれなかった。

松本英嗣さん

松本 私が入社した2007年は、あの方が工場長をしていました。営業部に配属となりましたから、直属上司ではないのです。技師に大変に厳しいとは聞いていました。職場の雰囲気も悪いように感じましたが、私は厳しく言われた記憶がありません。今、振り返っても、特別に悪い印象はないですね。

 私と2人で話す機会もあったのですが、気さくな一面もありました。怖いだけでもなかったように思います。2010年に定年(60歳)で退職した時には今後、会社が転換期に入ると感じました。

斎藤恭子さん

斎藤 私が入社したのが2010年で、工場長はその数か月後に定年退職しました。一緒にいたのは数カ月です。職場の空気があまりよくないとは感じました。部下にとても厳しいという噂も聞いていました。口数が少ない人でしたね。挨拶はきちんとしていましたが。もしかして、優しい一面があるかもしれないなと思ったことはあります。

松本 そうかもしれないですね。

斎藤 ところで、あの方は会社の懇親会では、コーラをよく飲んでいましたね。夏の飲み会では雰囲気が悪くて、みんながシーンとしていて、ひとりでコーラを何杯も。

松本 ああ、そう、そう…。よく覚えているな…。すごく飲んでいましたよね(苦笑)。

男澤 本当に、コーラが好きだったよね(苦笑)。

一同 ハハハ…(乾いた笑い)

斎藤 あの方が退職し、次の工場長になると、雰囲気ががらっと変わりました。職場で笑い声が聞こえるようになったんです。あの方は製品を大切にするんですけど、人は大事にしなかったのかもしれませんね。

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