2024年12月22日(日)

中東を読み解く

2019年7月9日

 イランは核合意で定められた低濃縮ウランの貯蔵上限や濃縮制限を相次いで破り、座して米制裁に甘んじることのない意思を鮮明にした。対立するトランプ大統領は「気を付けろ」と脅しまがいの捨て台詞を吐き、軍事的緊張の高まりで原油価格も上昇した。両者が突っ張り合いの姿勢を強めるチキンゲームはどこに向かおうとしているのか。

ウラン濃縮度引き上げを発表 するイラン政府高官(Tasnim News Agency/ロイター/アフロ)

「瀬戸際戦術」の賭け

 イランが米国やイスラエルからの軍事攻撃を受ける危険を承知の上で、核合意を破る「瀬戸際戦術」という賭けに出た理由は明らかだ。このまま制裁を受け続ければ、イランの経済が悪化し、国家が破綻しかねないからである。最大の収入源である原油の輸出は現在、日量30万バレルまで急減、イランが核合意にこぎつけた2015年の3分の1のレベルまで落ち込んでいる。

 この結果、野菜の値段が5割も上がるなど物価の高騰、失業率の増加、通貨リアルの下落という3重苦は深まる一方。穏健派のロウハニ大統領に対する風当たりは高まり、とりわけ革命防衛隊や宗教勢力などの保守強硬派は「経済が好転するどころか悪化したのは元々核合意が失敗だったからだ」との批判を強めている。

 このため、イランは核合意の当事者である英独仏に対し、米国からの制裁による経済的な損失を補うシステムづくりを要求。欧州3カ国は米制裁をう回する「貿易取引支援機関」(INSTEX)を設立、このほど稼働した。しかし、欧州の企業は米制裁のとばっちりを受けることを恐れ、このシステムはうまくいかないとの見方が一般的。なによりも、INSTEXでは数億円ほどしか補填できないと見られており、イランが求める数千億円規模とは程遠い。

 こうした中、イランが強硬な措置に踏み切ったのは米国の制裁には屈しないという断固たる姿勢を内外に示すとともに、3カ国に対して核合意維持のため、米国を恐れず、経済的損失を補填する有効な手立てをさらに考えるよう迫ったものだ。米国の離脱で“半死状態”にある核合意が完全に崩壊すれば、イランが本格的な核開発に走り、結果として中東が不安定化し、欧州にとって好ましくない状況が生まれるという理屈だが、一種の脅しである。

 しかし、こうしたイランの「瀬戸際戦術」は危険な綱渡りであり、自らの首をさらに絞めかねない。3カ国はイランの合意破りに懸念を表明し、合意の枠内にとどまるよう要求したが、トランプ政権から制裁を加えられたイランへの同情論も消えつつある。3カ国がイランを見限り、米国の圧力路線に同調すれば、イランの孤立は一段と深まるだろう。

 マクロン仏大統領はこのほど、ロウハニ大統領と電話で会談し、全当事者による対話再開に向けた条件を15日までに探ることで合意したが、「これが最後のチャンス」(専門家)かもしれない。10日には、イランの核開発をめぐって国際原子力機関(IAEA)が会合を開催することになっており、イラン危機の行方を占う上でこの1週間が大きなヤマになるだろう。


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