前向きに読み解く経済の裏側

2019年7月16日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

久留米大学商学部教授

1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

 高額薬への健康保険適用には歯止めが必要だ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。

(MJ_Prototype/gettyimages)

高額薬の健康保険上の扱いを議論すべき

 高額の薬が次々と開発され、使えるようになっています。医学の進歩自体は大変喜ばしいことですが、その代金を誰が負担するのか、という大きな問題が深刻化しつつあります。

 最近も、白血病薬「キムリア」が健康保険でカバーされるようになると報道されました 。本件自体は適用される患者数が少ないので、費用総額はそれほど大きくなさそうですが、「そもそも高額薬をどう扱うのか」という議論は早い段階でしっかり詰めておくべきでしょう。

 「人の命は地球より重いのだから、コストに関係なく助けられる人は助けるべきだ」という意見があります。「保険を適用しないと、金持ちだけ助かって貧しい人は見捨てられることになり、不公平だ」という意見もあります。

 これは正論ですので、正面から反論することは容易ではありません。しかし、「正義の反対はもう一つの正義」ですから、別の面からも見てみましょう。

 将来仮に「100歳の末期ガンの患者を1日延命させる薬」が発見されたとして、それが1億円でも健康保険を適用すべきでしょうか。1万人の高齢者を100日延命するためには100兆円かかります。国家予算と同額です。これは到底不可能でしょう。

 もちろん、これは極論ですが、では100兆円ではなくて10兆円ならどうでしょう?国民1人当り10万円の負担増ですが、それを国民は納得するでしょうか。

 「将来のことは、その時に考えれば良い」という考え方もあるでしょうが、それではなし崩し的に高額薬の保険適用が決まってしまう可能性も高いでしょう。いちど、しっかりと議論しておく必要があると思います。

「可哀想だから助けてやれ」は無責任

 日本人は、政府の歳出と自分たちの支払う税金が連動しているという意識が薄いと言われています。税金はお上に召し上げられるもので、政策はお上からの施しだ、という発想なのかもしれませんね。

 一説によると、所得税等が源泉徴収されているので、重税感を持っていないからだ、とも言われています。

 そこで、可哀想な人を見ると「政府が何とかしてやれ」という方向に議論が傾きがちです。しかし、それは無責任です。そう主張したいなら「政府が何とかしてやれ。そのための費用は増税によって俺たち国民が喜んで負担するから」と言わなければならないのです。

 米国では、人々がそれを理解しているので、政府が何かしようとするたびに「そんなことのために俺たちの税金を値上げするのはケシカラン」という反対運動をする人が結構多いそうですが、それとは対象的ですね。

 さすがは米国、「代表なくして課税なし」をスローガンに掲げて独立戦争を戦った国だけのことはありますね。

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