世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年8月30日

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 米中間の貿易戦争は、今や通貨戦争にも拡大しつつある。これは、世界的な経済成長に新たなリスクをもたらし、世界経済にも米国自身の経済にも悪影響を及ぼし得る。

(Allevinatis/AndreyPopov/Daniil Chaban/iStock / Getty Images Plus)

 8月5日、トランプは3000億ドルの中国からの輸入品に10%の追加関税をかけると発表した。これを受けて、中国は同日、人民元の対ドルレートを2008年以来最低となる1ドル7元以上にすると決定した。これに対し米国は中国を「為替操作国」と認定、さらなる関税措置を取り得ることを明らかにした。

 中国人民銀行は5日の声明で今の人民元のレートは「合理的で均衡のとれた水準」であり、為替操作ではないと述べた。元安は、米国による関税で対米輸出が減り、中国経済が減速し、元に対する需要が減るために起こる面があるので、人民銀行の声明は、あながちこじつけとは言えない。トランプは関税によって、彼が望まないと主張する弱い人民元を作り出しているとも言える。もっとも中国が元安を容認することには、米国による関税をカバーし、輸出企業を支援して対米輸出の減少を減らそうとする側面のあることも否定できない。

 ただ、元安は中国からの資本逃避を招きかねない。中国には資本逃避を防ぐため、これ以上の切り下げを防ぐインセンティブがある。中国は多額のドル負債を抱えており、元安はこれらの負債の人民元ベースでの増額を意味する。国際金融研究所によると、非金融企業は8000億ドル(GDPの6%)のドル負債を抱えており、中国の銀行のドル債務は6700億ドル(GDPの5%)に上るという。中国としては、大幅な元安は対外債務不履行を招く恐れがあるので、何としてでも避けなければならない。2015-16年に起きた資本逃避の際、中国政府は人民元を守るために4兆ドルの外貨準備のうち、1兆ドルを費消した。あまりに元安になると、中国の借り手が切り下げられた人民元で外貨債務を返済するのに苦労し、債務危機を引き起こす可能性もある。従って、いざとなれば2016年に実施したような海外送金の規制を含め必要な措置を取るだろう。

 しかし、通貨安は元にとどまらない。米中の貿易戦争を契機とする世界経済の減速の中、南アフリカの通貨ランドは7月末から5%、韓国のウォンも直近で1.8%下落した。7月31日に米連邦準備理事会(FRB)が10年半ぶりの利下げを行ったにもかかわらず、世界的な金融緩和で世界中に行き渡ったドルが逆流している。国際金融協会(IIF)の調べでは、8月1日から6日までに新興国から流出した資金は64億ドルに上ったと言う。逆に、日本円については、人民元の下落が、投資家が安全を求め、円高につながっている。これは、日本経済にマイナスの影響を与え得る。

 トランプの関税攻勢と元安の波及により世界経済は減速の傾向を示しているが、実は米国にも景気減速の兆候が見られる。米国経済はトランプ政権の減税と規制緩和で絶好調といわれてきたが、ここにきてGDPの成長率が3%から2%に落ち、投資も減少している。世界経済のみならず米国経済自身にも悪影響を及ぼしつつあるとなると、トランプにとっても問題である。特に来年の大統領選挙を控え、トランプは何としてでも米国経済の好況は維持したいところであろう。一時的であれ、トランプが対中強硬姿勢の軌道修正を余儀なくされる可能性はある。9月1日に新たに追加関税の対象となる商品のうち、パソコンや携帯電話など一部の品目への追加関税を12月15日まで延期、「クリスマス商戦で米国の消費者に影響が及ばないように」という説明をしている。

 ただ、米国の中国に対する貿易戦争は、単に貿易赤字の問題にとどまらず、ハイテク分野における覇権争いが絡んでいるため、米中対立の構図自体に変化があるとは考え難い。トランプがすんなり矛を収めそうにはない。通貨戦争にまで拡大した米中経済対立が、今後とも世界経済に様々な波紋を広げていくことを覚悟する必要がある。

  
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