立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年8月23日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 香港のデモ・民主化運動が長期化の様相を呈している。特定の背景や様々な原因があり、中国は安易に武力鎮圧に乗り出せない。香港という「金の卵を産むニワトリ」を潰したくない、潰せない、潰してはならないからである(参照:『香港が「第2の天安門」になり得ない理由とは?』)。しかし、ニワトリは今、飛び立とうとしている。

シンガポール・マリーナベイサンズの屋上プール(bennymarty/gettyimages)

「狡兎三窟」と逃げ道の確保

 国際金融センター・香港からの資金流出がすでに始まっている。

 まず、金(ゴールド)の話から始めよう。地金をはじめとする貴金属の現物売買・保管・輸送専門業者J. Rotbart & Co社の報告によると、香港や中国本土の新規顧客から地金の保管場所を香港よりもシンガポールに指定するリクエストが増加し、直近2カ月半の間に従来シンガポール50対香港35の比率が同75対10に変化しているという(8月20日付けマレーシア英字メディア、ザ・スターOnline記事)。

 8月18日付けウォール・ストリート・ジャーナルの記事「Worried Hong Kong Residents Are Moving Money Out as Protests Escalate(香港市民は海外送金に走る、抗議活動激化を憂慮)」は、複数のアナリストを取材し、「7月以降の香港ドル安はある意味で資金の海外流出を示唆するものだ」との見方を示した。

 香港を代表する経営者といえば、あの大富豪の李嘉誠氏。李氏は2013年10月から相次いで中国や香港の資産を売却し、その総額が2000億香港ドル規模に上る。一連の大型売却で得た巨額の資金を中華圏から引き揚げ、欧州や北米、豪州などにシフトさせ、ポートフォリオの組み替えを着々と進めた。さらに、2015年1月、李嘉誠氏は長江グループと和記黄埔有限公司を合併させ、会社の登記地をケイマン諸島に移した(参照:『香港大富豪の「中国撤退」がついに終盤戦へ、経営の王者・李嘉誠氏の脱出録』)。

 香港人の嗅覚が鋭敏である。特に李嘉誠氏のような戦略家となると、5年先や10年先を見据えた経営判断を的確に下してきた。1つの大きな流れをしっかり捉えて戦略を立てるという意味で、並の人間ではなかなか敵わない。ただ、戦術的なところで、香港という場所柄もあって、リスク管理が常に重要視されてきた。

 「コンティンジェンシープラン(Contingency plan)」とは、災害や事故など想定外の事態が起きた時のために、事前に定めておく対応策や行動手順のこと。私が90年代後半香港駐在中に、多くの企業の経営幹部と対話したときによく出てくるのは、この「コンティンジェンシープラン」の話であった。

 私が当時在職していた外資系企業においても、「コンティンジェンシープラン」が設定されていた。たとえば、海外への社員旅行や会議なら、同一支店や部門の参加者が仲良く同じ飛行機に乗れず、別々のフライトに振り分けられる。それは飛行機事故という潜在的な災害の影響を緩和するための措置である。

 日本人のなかに「言霊」というものがあって、こういう「縁起でもない話」は常に忌避される傾向があるが、香港人(中華圏)も実は同じである。ただタブー視されるのは「話」だけであって、行動に至ってはしっかりリスクを想定したものになっている。「狡兎三窟」という熟語もまさにその表れである。素早しっこい兎は身の安全の担保に、常に3つの窟(あなぐら)を確保しているという意味で、まさに「コンティンジェンシープラン」である。

 ここまでくると、香港人はいよいよ動き出す。資金を海外に移動させることだ。同じ金融センターのなかでも遠隔地のロンドンやニューヨークよりも、アジアにあるシンガポールの人気は高い。

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