財政を圧迫する地方交付税
歪む地方自治


原田 泰 (はらだ・ゆたか)  早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員

1950年東京生まれ。東京大学農学部卒。経済企画庁国民生活調査課長、財務省財務総合政策研究所次長などを経て現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮社)など著書多数。

経済の常識 VS 政策の非常識

なぜ根拠に基づかない政策がまかり通り、本質的な問いが発せられないのか。少子高齢化、経済政策、財政赤字など、日本の戦後モデルに歪が生じているにも関わらず、政治はポピュリズムに陥り、50年、100年先の日本に責任を持てる判断を下していない。根拠・経済原則に基づく合理性という観点から、不合理な政策の問題点を指摘する。

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財政を圧迫する要因として社会保障支出が挙げられることが多いが、地方交付税も大きな要因だ。地方交付税とは、国が地方の基本的な財政支出を賄うために支出する補助金であるが、その額は臨時財政対策債と合わせ、2007年度の17.8兆円から11年度の23.5兆円まで増加している(総務省資料「地方交付税等総額(当初)の推移(2000~11年)」)。

 臨時財政対策債とは、交付税の足りない分を地方が借金をして埋めても良いという制度の下で発行された地方債である(11年度では6.2兆円)。07年度以降11年度まではほぼ不況続きで税収が減少していた期間である。にもかかわらず、この期間に地方への補助金が増え続けていた。日本の一般会計支出がほぼ100兆円、財政赤字が44兆円という状況で、交付税が大きな歳出項目であることは間違いない。

 交付税とは、本来、国税のうち、所得税の32%、酒税の32%、法人税の32%(当分の間35.8%)、消費税の29.5%、たばこ税の25%と決まっているものである。もちろん、税収は変動する。しかし、好況の時に得た交付税の金額を既得権として、不況になっても同じ金額を維持せよと言ったのでは、国の赤字が増えるのは当然だ。

 国もたまらないから、地方も借金で賄えというのが臨時財政対策債だが、これでは国の借金が増えなくても地方の借金が増えるだけだ。国全体の税収が減れば交付税も減り、減った交付税で地方がなんとかするべきものではないか。

 これに対して、地方交付税は、議会や庁舎の費用、教員や警官などの地方公務員の賃金など、基本的な支出に充てているので、税収が減ったからと言ってどうにもならないという反論があるかもしれない。しかし、基本的な支出を国からの補助金で賄っていること自体がおかしいのではないか。

 独立国が、外国からの援助でインフラを造り、経済発展を手助けしてもらうのは良い。災害時に助けてもらうのもかまわない。しかし、議会や防犯の費用まで負担してもらっていては、独立国とはいえないだろう。これで地方自治というのはおかしなことだ。なんでこんなことになってしまったのか。

昔の地方は独立していた

 そもそも、戦前期、地方は独立していた。江戸幕府は、村や町の自治には関与しなかった。人々は集まって話し合い、祭りや水路の補修や孤児の世話の仕方などを決めていた。武士が関与するのは、年貢を納めさせること、村々の対立があること、人々が対立して決められないことがある時だけだった。

 明治になっても、この原則は変わらなかった。もちろん、富国強兵を目指す明治政府は、徴兵と軍備増強の税のためには村や町の政治に関与したが、それ以上のことはしなかった。明治の自由民権運動のスローガンは、「民力休養、地租軽減」だった。税金を減らし、民を休ませよというのが、自由民権運動の目的だった。

 知事は官選で中央から地方に送り込まれたが、地方議会の承認がなければ地方の税を自由に使うことはできなかった。

 ところが、工業化によって、豊かになる地域と貧しいままの地域が生まれてくる。近代国家として、保健衛生や教育や福祉のための支出も必要になってくる。豊かな地域に課税して、そうでない地域に補助金として配布する必要が出てくる。このこと自体は必要なことだろう。多くの国で、同様の制度がある。

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「経済の常識 VS 政策の非常識」

著者

原田 泰(はらだ・ゆたか)

早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員

1950年東京生まれ。東京大学農学部卒。経済企画庁国民生活調査課長、財務省財務総合政策研究所次長などを経て現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮社)など著書多数。

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