チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年4月4日

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三宅康之 (みやけ・やすゆき)

関西学院大学教授

1969年生まれ。京都大学博士(法学)。専攻は現代中国政治外交。著書に大平正芳記念賞を受賞した『中国・改革開放の政治経済学』(ミネルヴァ書房、2006年)などがある。

 去る3月25日、香港特別行政区で行政長官選挙が行われた。結論から言うと、今回の行政長官選挙は、いわば「分裂選挙」になり、「ダークホース」が「本命」を破って当選するという番狂わせが演じられた。日本のメディアでは関心が高くなかったため、そもそも選挙があったことを知っている人も少ないかもしれないし、知っていたとしても「コップの中の争いにすぎない」と片づけられてしまうかもしれない。だが、香港で起きていることに無知であったり、冷笑的であったりしてよいわけはない。筆者は選挙戦中は日本でウォッチするのみであったが、選挙直後の香港を訪れることができた。この場を借りて選挙戦を振り返り、その意味するところを考えてみたい。

香港の4つの政治勢力

 まず確認しておかなければならないのは、選挙のルールである(*)。香港行政長官選挙は、直接選挙制ではない。現在は1200名からなる選挙委員会が行政長官を選出する。最終的な選挙の立候補になるためには、150人以上の選挙委員による推薦獲得が必要となっている。有効投票数の過半数を得たものが当選する。過半数を得たものがいなかった場合、上位2位の間で再投票を行うことになる。

(*)行政長官選挙をめぐるこれまでの経緯や詳細については、香港政治専門家である倉田徹金沢大学准教授の『中国返還後の香港』(名古屋大学出版会)を参照されたい。

 さて、香港の政治勢力として、筆者の見るところでは4つの勢力が存在するが、現行政長官と3名の最終候補者が各勢力を代表したと言えるのではないか。そうだとすれば今日の香港政治を映し出す鏡として、今回の選挙以上のものはあるまい。

「ブタ」と「オオカミ」の戦い

 現行政長官が代表するのは香港政府高級官僚である。イギリス統治時代に育ったエリート層である。彼らの協力なしには統治が困難になる。現に董建華初代行政長官との関係が悪く、たたき上げのドナルド・ツァン(曾蔭権)現行政長官に代わった過去があった。

 3名の最終候補者のうち、最初に立ったのは、民主派の統一候補である。香港の民主派(泛民主派)は、香港社会の自由の維持と民主化を志向し、具体的には行政長官と議会(立法会)の直接選挙を要求する各種団体の緩やかなグループといえる。

 民主派は早々と「予備選挙」を行い、候補者を一人に絞り込み、選挙委員も188名の推薦を獲得した。ただ、中国側が反中派と見なしていることから、民主派から誰が立候補したにせよ、中国の影響下にある選挙委員会の過半数が民主派を選出することはあり得ず、勝ち目はなかった。最終結果は76票にとどまった。

 2番目に立候補したのは保守本流の香港財界を代表するヘンリー・タン(唐英年)氏である。同氏は、1952年生まれ、繊維メーカーの御曹司で、2世経営者から政界入りして政府要職を歴任、立候補前は香港特別行政区政府のナンバー2にあたる政務長官の地位にあった。この経歴が示すように、行政長官に一番近い「本命」と目された人物であった。香港を代表する財界人・李嘉誠をはじめ財界支持者も多く、選挙委員の推薦も最終的に390人と他に抜きんでた。

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