さよなら「貧農史観」

2012年4月19日

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昆 吉則 (こん・きちのり)

『農業経営者』編集長

1949年神奈川県生まれ。農機業界誌編集を経て、87年に株式会社農業技術通信社設立。93年に日本初の農業ビジネス誌『農業経営者』を発刊。

農家の技術指導・経営相談を行う「普及指導員」という制度がある。
日本では行政が担い手だが、オランダでは民間企業が行うことで
技術・経営レベルが格段に上がった。
日本がオランダのような“農業大国”へと脱皮するためにも、制度改革は急務だ。

 連載第6回でも触れたように、筆者は昨年11月初旬、オランダを訪問した。そこで、恥ずかしながら初めて知ったことがある。同国では1970年代中頃に農家の技術指導・経営相談などを行う実施主体が、行政から民間企業となったということである。つまり、日本でいう都道府県による「普及指導員」の担い手が民間企業に替わったのだ。そしてそれらの企業は「農業経営者」への技術指導及び経営相談を「有料」で行っているという。

 筆者はオランダ政府の担当者に「問題は起きなかったか」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「無料から有料になるのだから当然反対はあった。だが、長期的に見れば、そちらの道を選択したほうが、オランダ農業のためになるという国民的な合意があった。いまではこれが“当たり前”になっている」。

 「官から民へ」「無料から有料へ」――。先進国型農業の実現には、これらの改革が欠かせない。民営化し、有料にすることで、民間企業同士の競争が起こるからである。その結果、オランダ農家の技術・経営レベルは格段に向上した。たとえば、国連食糧農業機関(FAO)の統計によれば、同国のトマトの収量は1平方メートルあたり50キロ前後。日照時間といった自然条件などの違いがあり、一概には比較できないが、日本は1平方メートルあたり概ね5キロ程度である。そして同国は現在、農産物輸出金額ランキングで米国に次ぐ世界第2位の“農業大国”となった。

日本の普及指導員の実態

 改革に成功したオランダの対極をなすのが日本である。日本の普及指導員は、農地改革後の48年、農業改良助長法に基づき導入された。普及指導員たちは戦後、まさに途上国状態にあった日本の農村・農家の生活改善だけでなく食料増産にも大きな役割を果たした。日本がモデルにしたのは、カリフォルニア大学のエクステンションセンターだった。つまり、オランダ同様、マーケットメカニズムの中で生きている「農業経営者」向けのコンサルティング的色彩の強いものであった。

 だが、日本の場合、農地改革の思想、つまり、貧農史観の下に、貧しく弱い農民を啓蒙指導するために始まったものであり、オランダやアメリカとは性格が異なる。しかも、日本が経済成長を果たした後も、未だに貧農史観に基づいた普及指導員制度が続いており、日本の農業の産業化にブレーキをかけている。

 この制度の主眼は、農家の技術・経営レベルの底辺を上げることが中心である。「高齢化が進んだ」と言われる農業界の中で、サラリーマン化した農家に同居する高齢者を対象にした指導になっているのが現状だ。だが、頂上をより高くすることで、裾野を広げようという方向性にそろそろ発想と仕組みを変えるときにある。

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