シルバー民主主義に泣く若者

2012年6月29日

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島澤 諭 (しまさわ・まなぶ)

中部圏社会経済研究所研究部長

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。*記事はすべて筆者の個人的見解であって、筆者の所属組織とは無関係です。

 仮に、先のレポートの推計を前提に、現在の生活保護費3.7兆円が今後も持続するものとすると、就職氷河期世代の生活保護制度への本格的な参入により、少なく見積もっても約5兆円にまで膨らむこととなるが、これは消費税率2%に相当する。その時代の勤労世代の大きな負担となることは間違いないだろうし、生活保護制度そのものの存続が危ぶまれる。

 話は逸れるかもしれないが、現在国民年金保険料の納付率の低下が著しい。その事態を指して、「国民年金未納者は将来国民年金が支給されないので、どんなに未納率が高くなったとしても国民年金制度が破綻することはない」との主張が厚労省年金局応援団からなされることがある。仮に国民年金制度が維持されるとしても、未納者は老後には生活保護受給者となるのは確実であり、先に見たように、生活保護制度の持続可能性が疑わしくなるので、まさに「局あって省なし(個別制度あって全体の制度なし)」の極論、議論のすり替えに過ぎないことが分かる。

4つの問題点

 前回も指摘したように、生活保護自体は最後のセーフティーネットであり、経済低迷期に受給者が増えるのは制度本来の役割を果たしているだけなのであるから問題はない。

 現在の生活保護制度に問題があるとすれば、大きく分けると、次の4つであると考えられる。1つは、扶養義務の範囲、2つは、支給基準の曖昧さ、3つは、支給対象者と労働意欲、4つは、医療扶助のあり方である。

 まずは、扶養義務の範囲について考えてみよう。前回も指摘した通り、先進国の中では日本の扶養義務の範囲は広い。そもそも、3親等に及ぶ親族の扶養義務を課す国はなく、親の扶養義務についても同居の場合のみに限定するのが通常である。

 これは、社会生活上の単位を成人個人と考えるか、世帯と考えるのかという伝統、文化的な違いを含む難しい問題ではある。だが、日本国憲法第13条の規定(すべて国民は、個人として尊重される。)、未婚化・少子化の進行、若者の低所得化等の流れ、また、子ども時代の虐待・育児放棄、ドメスティック・ヴァイオレンスの被害などを考えると、成人個人を単位として考え、成人の扶養義務については、同居の親・配偶者・子までに限定するのが適当だろう。

曖昧な基準で「水際作戦」も

 次に、生活保護の支給基準、扶養義務基準について見てみよう。

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