移民の国 スウェーデン
異国の地に根を下ろすということ


伊藤清香 (いとう・さやか)

2年半の遠距離恋愛を経て、2008年冬にスウェーデンに移住した。「移民」としての生活に悪戦苦闘しながらも、新しい土地での一からの可能性に、人生を模索中。

スウェーデンで生きる 海外移住だより

どこにでもいる20代の日本人女性が、ある日スウェーデン人の青年と恋に落ち、北欧の国・スウェーデンに移住。大学では語学を専攻し、留学経験もある彼女だったが、「移民」としての生活は苦労の連続。悪戦苦闘しながらも、色々なものを得て約2年半過ごしてきた。このコラムでは、そんな「普通」の日本人が、海外生活を送る中で感じる日本社会、日本文化との違いを率直に綴っていく。

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学生の頃から、スウェーデンは一度は訪れてみたい国の一つでした。

 ですが、将来まさか移り住むことになるとは思ってもおらず、いざ足を踏み入れるまで、この国の社会や文化の奥深くにまで興味を持つことはありませんでした。「フリーセックスの国」という言葉も(「オープンな性教育」という意味に気付いた時は安堵しました)、「リトル・バグダッド」と呼ばれる地域があるほど移民が多い内情も、移住直前になって知ったことです。

移民系スウェーデン人も世界で大活躍

 日本では依然として「移民」の概念が浸透していませんが、特にEU成立後のヨーロッパでは日常化しており、また多くの国が難民受け入れにも取り組んでいます。スウェーデンはその中でも移民に寛容な国として周知されており、様々な国籍が共存している「人種のサラダボウル」国家の一つです。一般的に「外国人=観光客/ビジネスマン」と捉える日本と違って、「外国人=移民」と見なされるスウェーデンでのその姿勢や対応の違いは、暮らしの節々で感じるものです。

 スウェーデンで暮らす外国生まれの国民は、60年ほど前が人口の1%ほどだったのに対して、現在は約15%にまで増えました。そのうち、昨年だけで新たに29,920人がスウェーデン国籍を取得しています(日本人の二重国籍所有は不可)。また、5人に一人のスウェーデン国民は移民のバックグランドを持っているとされています。例えば、サッカーファンならご存知のズラタン・イブラヒモヴィッチ選手はバルカン半島にルーツがありますし、今年のユーロヴィジョン(ヨーロッパ各国の代表ミュージシャンが競う大音楽祭)で優勝した歌手のロレーンは両親がモロッコ出身。移民系スウェーデン人が「スウェーデン代表」として世界で活躍するのも珍しいことではなくなっているのです。

初期は「労働者」としての移民

 移民の国としてのスウェーデンの歴史は長く、その特徴も時勢と共に変化してきました。

 近代移民の歴史が始まった19世紀末。今と異なり貧しい国だったスウェーデンでは、20世紀始めにかけて120万の人々が富を夢見て北米に流れて行きました。1930年代になるとそれは止まり、代わって移民を受け入れる側となっていきます。特に1950年代~60年代は、労働力不足を補うためにフィンランドをはじめ、ユーゴスラヴィアやイタリアから積極的に労働者を招集しました。

 1970年代には大量移民の規制が行われ、また経済不況も重なり移民の数は減少。しかし1980年代後半からまた新たな流れが起き、その特徴は難民や家族呼び寄せへと変移します。2010年以降、こうした移民の受け入れは縮小の傾向にありますが、一方で今度はサンボ移民や中国、インドからの労働者移民が増加しています。

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「スウェーデンで生きる 海外移住だより」

著者

伊藤清香(いとう・さやか)

2年半の遠距離恋愛を経て、2008年冬にスウェーデンに移住した。「移民」としての生活に悪戦苦闘しながらも、新しい土地での一からの可能性に、人生を模索中。

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