山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2012年9月4日

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 昨年12月は、5回目のインド訪問だった。ムンバイ空港は30度の気温で異様な臭いにむせ返っていた。インドでは年中何かの祭りが行われている。例えば「色のお祭り」というのも有名だ。街行く人々は珍しくお酒に酔って赤や緑や青の染料を掛けあうのである。

「色のお祭り」を楽しむ青年たち (撮影:筆者)

 毎回新たな発見があるのがインドである。長年レアメタル産業に携わっていても、今回初めて知ることがあった。日本からインドに輸出されている「セレニウム」というレアメタルがある。なぜかインド向けの輸出が多い。何に使われているのか知らなかったのだが、工場巡りをして答えが分かった。インドのご婦人方は「血の色」のガラスのバングル(腕輪)が好きで、世界のバングルの大半がインドで生産されている。

 セレニウムには無機顔料の用途があり、インドではガラスに混ぜて、バングルに使われる独特の紅い色(うさぎの血の色)を出していた。軍事用途に電子材か何かに使われていると深読みをしていたので、意外な用途に肩透かしを喰らって驚いた。

 さて、インドへの1回目の訪問は、1973年に遡る。2年間の世界放浪の最後にインドに辿りついた。目的は1カ月間、ブッダガヤを中心にインド北部の仏陀の足跡を廻る旅だった。インドを訪問して初めて、何のために旅をしてきたのかという「目的」が見つかった気がした。その後、大学に復学して1年後にもう一度ブッダガヤを訪問した。

 この訪問目的は、菩提樹の下で結婚式を挙げることだった。新婚旅行を兼ねていたが行き先があまりにも不潔だと新妻は困惑していた。だが、私にとってはこれ程楽しい旅はなかった。大学院を卒業して貿易商社に就職したが、インドとの取り引きの機会はしばらくなかった。

 10年後の84年に3回目の機会が訪れた。レアアースを開発した直属の先輩が、ガンを患い、闘病の末亡くなった直後のことだった。当時も、中国のレアアースが手に入りにくくなった時期があり、インドのレアアース資源の開発を言い訳に出張したのだが、正直にいえばポッカリ空いた心を埋めるためにインドに来たのであった。

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