2024年5月19日(日)

家庭医の日常

2021年8月27日

病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。
(ASphotowed/gettyimages)

<本日の患者>
K.W.さん、50歳男性、観光物産会社社長。

 家庭医(日本では総合診療医とも呼ばれる)として、私はK.W.さんとかれこれ10年の付き合いである。彼に高血圧があるため、心血管系のイベント(心臓発作や脳卒中など)を起こさないように、3カ月ごとに私と看護師による定期診察(レビュー)をしている。

 家庭医チームによる高血圧を持つ患者のマネジメントについては、またいつか語ることにして、目下私が直面しているのは、前回の診察の最後にK.W.さんが持ち出した「会社の部下たちが、『社長も前立腺がんの検診を受けたらどうですか?』って言うんですけど、どんなもんですか」への対応だ。  

 その時は診察時間が不足していたので、前立腺がん検診についての一般的な情報として、インターネットで閲覧できる国立がん研究センターがん対策情報センターの「がん情報サービス」のサイトにある「がん検診」と「前立腺がん」の項目をK.W.さんにざっと目を通してきてもらって、彼が希望した1カ月後(つまり今日)に受診予約をとって、詳しく相談することにしていたのだ。

がん検診や健康診断は本当に有益なのか?

 「スクリーニング」とも呼ばれるがんの検診とは、症状がある場合の通常診療と異なり、がんによると考えられる症状がまったく無い人に対して、そのがんに罹っている可能性が高いか低いかをしかるべき方法で査定することである。

 「たまに良いこともあるが、ほとんどの場合、スクリーニングには害がある」と言ったのは、英国でスクリーニング、公衆衛生、医療情報などのエキスパートであるミュア・グレイ卿だったかと思う。日本では、検診率を上げるように自治体もメディアもこぞって検診を受けることを勧めているが、検診がもたらす不利益についての説明は乏しい。

 がん検診に限らず一般の健康診断についても、それぞれの検査が何を調べているのか、それで何がわかるのか、などについて一般の市民がバランスよく理解できる情報を得ることは容易ではない。

 日本では情報不足のままで検診・健診を受けて、異常が指摘されてから、その異常の意味もどこで相談できるかもわからず「どうしよう!」と慌てなければならない。

 その後苦痛を伴う精密検査や治療を受けることになってから「こんなはずじゃなかった」と嘆く場合もあるだろう。検診を受ける前にK.W.さんが私に相談してくれたことに、私は感謝している。

患者との「世間話」から情報を得る

「K.W.さん、こんにちは、このひと月はいかがでしたか」

「こんにちは、先生、まあ踏んだり蹴ったりでしたよ」

 K.W.さんの表情はそれほど悪くはない。照れ笑いのようなものさえ含まれているのを確認しつつ、でも慎重に、私は尋ねた。

「踏んだり蹴ったりですって。どうしたんですか」

「いやあ、オリンピックですよ。コロナ禍で大変なのは承知してるけど、福島の会場が無観客になって、お店はどこも閑古鳥。これじゃ、復興五輪にも何にもなってないじゃないですか」


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