文学に描かれた「石炭」から透かし見る
過去の人びとが託した思い

『石炭の文学史』


東嶋和子 (とうじま・わこ)  科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

オトナの教養 週末の一冊

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東日本大震災後、福島第一原子力発電所事故を受けて国内の原子力発電所の稼働がほぼ止まるなか、化石燃料を燃やす火力発電所がフル稼働している。

 再稼働が本格化し、安定供給にいたるまでは、化石燃料の輸入に頼らざるを得ないだろう。

電気の4分の1を担う石炭

 2011年度の発電電力量構成比をみると、原子力が10.7%(2010年度28.6%)と激減した。この減少分を補ったのは、おもに天然ガス39.5%(同29.3%)、石油14.4%(同7.5%)である。

『石炭の文学史』 (池田 浩士、インパクト出版会)

 石炭は25%と、前年からの増減はないものの、電気のおよそ4分の1を担うという役割を堅持している。

 一次エネルギー(2010年)についていえば、石油の41%に次いで、石炭は23%。天然ガス(17%)や原子力(15%)をしのぎ、私たちの暮らしを支える基幹エネルギーなのである。

 いまや暮らしのなかでほとんど目にしなくなった石炭だが、かつては第一次産業革命の文字通りの「動力源」であった。わが国のエネルギー源としても、1960年代までは石炭が過半を占め、産業や暮らしの命綱だった。

 『石炭の文学史』によれば、「炭坑の営みや石炭という物質が社会生活を根底において支えるものであることは、周知の前提だった」のである。

単なるエネルギー史の回顧にとどまらない

 <十八世紀半ばにイギリスで始まったとされる第一次産業革命――蒸気と鉄の産業革命は、石炭を、もっぱら石炭のみを動力源として推進された。そしてこの石炭エネルギーによる産業革命が、二十世紀前半の日本にまで及ぶ歴史の大きな一時代を形成してきたのである。生産も交通も、石炭を原動力としてのみ発展し、未来は石炭によって切り開かれていく。しかも、現在と未来のその原動力は、目に見えない遠い抽象的なエネルギー源ではなかった。日々の暮らしのなかで、手にとって見ることができ、自分のその手で現実に利用することができた。>

 そう、著者が振り返るように、学童たちが小学校の教室のストーブに投げ入れる石炭、列車をひっぱる蒸気機関車の石炭……が目に浮かぶ。

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「オトナの教養 週末の一冊」

著者

東嶋和子(とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

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