佐藤忠男の映画人国記

2013年3月22日

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 文豪谷崎潤一郎の名作『痴人の愛』のヒロインのナオミのモデルと言われるモダンガールのハシリのような先端的な女性で、1920年に「アマチュア倶楽部」という映画史上の記念碑的な作品に出演した、日本の映画女優の草分けのひとりでもある葉山三千子が1902年、群馬県は前橋市の出身である(-1996年)。

 彼女より1年若い片岡千恵蔵(1903-83年)は新田郡薮塚本町(現太田市)出身で、こちらは1970年代まで、およそ半世紀も時代劇の大スターであり続けた。「大菩薩峠」(1957-59年)の机竜之介など、重厚で良かった。

 同じく1年若い沼田町(現沼田市)出身の毛利菊枝(1903-2001年)は関西新劇の重鎮として映画にも出るようになって、溝口健二の「雨月物語」(1953年)などでこわいお婆さんをよく演じた。さらに5年若い東野英治郎(1907-94年)は現在の富岡市の出身だ。新劇では名優とうたわれ、映画ではもっぱら渋い脇役だったが、晩年にはテレビの「水戸黄門」で主役となり、毎回「カッカッカ……」とじつに愉快そうな笑い声を聞かせてくれた。

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 こういう大先輩たちを擁しているうえに、群馬県出身の現役映画人たちも多士済々である。まずは小林桂樹(1923年生)が室田町(現高崎市)。戦争中から俳優をしていて主役も多いが若い頃は生まじめそうなだけでパッとしなかった。社長シリーズの凡庸なサラリーマン役あたりから芽が出てきて、今井正監督の独立プロ作品「ここに泉あり」(1955年)で見違えるほどに上手い役者に変わっていた。以後は誰もが認める風格豊かな名優のひとりである。2010年没。最後の作品は「星の国から孫ふたり」(2009年)。晩年は子どもたちにやさしいおじいさんぶりが良かった。

 名優といえば現在の太田市生まれの三国連太郎はデビュー当時から天才的な演技力を感じさせた。中身の空っぽな人間を演じても、底知れぬ深みのある人間を演じても、さらには軽い喜劇でも上手い。ただし幼い頃に静岡県に移っているので群馬出身といえるかどうか。

 女優では風見章子が富岡町(現富岡市)出身。若い頃にはじつに爽やかな印象だった。由紀さおりは桐生市。歌手活動が主なのだが、「家族ゲーム」(1983年)の母親役ひとつだけでも映画史に名が残るのではないか。

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