花粉を飛散させるスギは人為的に植えられてきた。スギ人工林の面積は450万ヘクタール。国土3780万ヘクタールのうち12%もの面積が、ヒトの手によって花粉生産工場に変えられてしまった。花粉症はいわば「人災」ともいえる。
ここまでのスギ林の拡大において、林野庁の果たした役割は大きい。終戦直後、戦時物資として過剰に伐採された跡地を元に戻すためスギの植林(再造林)が行われた。1950年代後半からは復興資材として急速に高まった木材需要に応えるため、広葉樹に比べ成長が4倍も速いスギなどの針葉樹への転換、いわゆる「拡大造林」が国策となる。
木材価格の高騰に加えて、57年には拡大造林への補助を再造林の2倍にしたため、山林所有者はこぞって広葉樹を伐採し、スギに植え替えた。それまで年間5万ヘクタール前後だったスギの造林面積は、50年代後半から60年代後半にかけて一気に3倍に拡大。山全体がスギ林という風景が当たり前になった。
林野庁は「60年代にスギ花粉がアレルゲンとして認定されたが、拡大造林当時、大量のスギが花粉症を引き起こすという認識はなかった」とスギ花粉が花粉症の原因であることは認めつつも、自らの責任を否定する。