2024年11月1日(金)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年3月10日

 精神保健の専門家も、こういう集会に関与していい。しかし、ここで難しい専門用語などを持ち出せば、誰もが鼻白むであろう。余計な口出しをせず、地域の人の話に耳を傾ければいい。

 専門家は、適度な運動、十分な睡眠、アルコール、持病の管理など、最小限にコメントすればそれで充分であり、被災体験の語りは、現地の人に任せればいい。もし、偶然居合わせた地域の人が、小声で「ちょっと相談が……」と言ってきたときのみ、必要に応じて、医療につなげればいいであろう。

地域で暮らす、地域を支える

 震災直後によそ者であった人が、その後、よそ者でなくなることはある。被災地支援を行った医師・看護師・保健師らのなかで、その経験をもとに被災地に住み着いて、地域社会の一員として「こころのケア」活動を継続している人がいる。

 宮本常一は、『民俗学の旅』(講談社学術文庫)で「郷土研究というのは単に郷土を研究することではなく、郷土で研究することだ」という柳田國男の言葉を引用している。このことは、地域医療においてもあてはまる。地域医療とは、その人本人が地域に住み、地域社会の一員として、同じ地域の人々の健康を支えることである。

 ところで、柳田自身は、宮本と異なり、「郷土で研究すること」との自説を実行してはいない。それは、筆者も同じで、筆者にとっての地域は、本来、被災地ではなく、首都圏の一角に過ぎない。ただ、筆者は、精神科医としての修業時代に岩手県花巻市で地域精神科医療に携わっていて、その縁で、震災後も細く、長く、支援医師としてこの地に関わっていた。

 新型コロナウイルス禍で一時頓挫していたが、ようやく再開のめどがついた。もっとも岩手の言葉を話せない筆者にできることは、限られている。地元の精神科医が沿岸で活動するときに、その代行を務めるように、小さなお手伝いをするだけである。

 自分を精神科医として育ててくれた東北の地のために、間接的な貢献の機会をいただくことはこの上ない幸福である。自分の分をわきまえつつも、微力を尽くしてみようと思う。

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