WEDGE REPORT

7.21参院選から考える投票率より大事なもの

島澤 諭 (しまさわ・まなぶ)  総合研究開発機構主任研究員

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。

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ビジネスの現場で日々発生しているファクトを、時間軸の長い視点で深く掘り下げて、日本の本質に迫る「WEDGE REPORT」。「現象の羅列」や「安易なランキング」ではなく、個別現象の根底にある流れとは何か、問題の根本はどこにあるのかを読み解きます。

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代表決定としての選挙と投票率

 次に、(2)代表を選ぶことであるが、これは選挙が実施されさえすれば投票率如何にかかわらず目的は達せられることとなる。とにかく、代表が選ばれればいいからだ。必ずしも全国民(この場合は有権者)に投票させる必要はない。極言すれば、有権者全員による投票=悉皆調査は必要なく、ランダムに選ばれたサンプル調査によって有権者の選好を把握できれば十分であると言えよう。この場合、選挙区毎に、標本調査の手法に矛盾しないようにサンプルを選び投票させればよいということになる。

 つまり、代表を選ぶという観点からは、投票率の高低を論じることは全く無意味なのだ。

 最後に、(3)正統性を付与することについてはどうだろうか。政権の正統性は投票率が高いほど望ましく、低いほど正統性がないように感じられるだろう。しかし、そうではない。通説によれば、国家権力を正統化し権威付けるのは、狭く有権者だけに限定されるのではなく、抽象的な国民全体を意味するとされている。つまり、正統性の根拠となる「国民」には選挙権を持たない国民も当然に含まれるわけであるから、正統性を付与するのは実際に投票に行ったか否か、更に言えば投票率の高さはやはり関係なく、選挙が実施されたか否かである。

大事なのは投票より選挙

 以上より、投票率の高低、投票行為の有無に関係なく、国民の代表であり国権の最高機関である国会が立法権を握り、その結果、国民と政治家は結果責任を連帯して負うことになるのだ。

 更に、選挙の「強制実施」(実施を拒否し権力の信託や正統性付与を保留することができない)という性質上、また連帯して結果責任を負わなければならない以上、投票しなかった者も当然に権力行使のあり方に対して異議申し立てを行うことができる。

 したがって、もちろん、誰(どの政党)を代表に選ぶかは重要ではあるものの、実際には投票は形式的な意味合いしか持たないし、投票率の高低には意味がないと言えるだろう。繰り返しになるが、選挙がなければ(1)権利行使の機会が与えられ、(2)代表の決定及び(3)正統性の付与が行われることはないが、投票行為が伴わなくてもそれらは可能であるからだ。

投票率に下限はあるのか

 以上のような選挙の本質は、投票率0%でも、当選者が決まるケースを考えれば、理解しやすいだろう。例えば、地方自治体の首長・議会議員選挙ではしばしば無投票で当選者が決定される(公職選挙法でも規定がある)。立候補者が1人だからといってその選挙自体無効にされるわけではない。そして、投票が実際に行われなくても代表が決定され権力の信託と正統性の付与が行われる。つまり、選挙の権利と義務が行使されたものと擬制される。

 もちろん、国政選挙では通常、補欠選挙は別として、無投票で決まることはない。しかし本質は同じである。投票率がどんなに低くても、極端にはゼロであったとしても、選挙というイベントを経て代表が選出されるのであれば、投票率の水準が問われることはない。

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島澤 諭(しまさわ・まなぶ)

総合研究開発機構主任研究員

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。

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