WEDGE REPORT

2009年4月22日

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 このところ、太陽電池が新聞紙面に登場しない日はないといってもいいほどの盛り上がりを見せています。異業種も含め多くの企業が関連ビジネスに参入を発表していますし、海の向こう米国でも、オバマ大統領が「グリーン・ニューディール」政策で太陽光発電に大きな期待を寄せているといわれています。

軒並みシェアを落とす日本メーカー

 そんななか、衝撃的なニュースが発表されました。米PVニュースが近頃発表した2008年の生産ランキングで、日本の雄シャープが、世界第2位から第4位に後退したのです。07年のランキングで、ドイツのベンチャー企業、Qセルズに世界一の座を明け渡したのも相当衝撃的でしたが、08年は中国のベンチャー、サンテックパワーにも抜かれてしまったわけです。

 シャープ、三洋電機、京セラといった日本企業は、1970年代のオイルショックをきっかけに、官民合同で始められた「サンシャイン計画」のころから、地道な研究、生産活動を続けています。

 実は、太陽電池は、1954年に米ベル研究所でピアソンらによって発明され、その4年後には人工衛星への搭載で初めて実用化されたという歴史を持つ、非常に古い技術です。しかし、なかなか上がらない発電効率、下がらないコストのために、欧米企業はどんどん撤退していきました。

執念で開発と導入を進めた日本

 日本だけは諦めませんでした。76年にはシャープが太陽電池式電卓を開発、国も80年、太陽光発電システムを住宅に設置する際の利子補給制度を設けました。93年には、太陽電池研究の第一人者である、三洋の桑野幸徳氏(後に同社社長、現・太陽光発電技術研究組合理事長)が、自宅屋根に太陽電池パネルを設置し、電力会社との系統連係の仕組み(余った電力を送電網に送ること)を世界で初めて構築しました。

 コストの高い太陽電池をなんとか利用する方策はないかと模索し続け、度重なる経済環境の変化にも動じず開発を続けた日本企業の存在がなければ、現在のような太陽電池産業の盛り上がりはなかったといえるでしょう。

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