近年、台湾では賃金上昇が著しい。蔡英文政権が発足した2016年当時は2万8台湾元だった月給ベースの最低賃金は現在2万6400元と、7年間で3割以上もアップした。来年からはさらに4・05%引き上げられ、2万7470元となる。
賃金上昇と合わせて進んだのが円安だ。16年当時、1元は3・4円ほどだった。それが現在は4・7円に迫る勢いだ。台湾の月収ベースの最低賃金を日本円に直すと、7年前の約6万9000円が来年には約12万8000円へとほぼ倍増する。このまま台湾の賃金上昇と円安が続けば、日本と台湾の賃金は遠からず逆転する。
台湾で就労する外国人労働者の賃金に関しては、最低賃金の伸びを上回る勢いで増えている。台湾労働部によれば、外国人労働者全体の6割以上が働く製造業の平均賃金は、22年6月までの2年間で4000元以上増加し、残業代を含めて3万2302元(約15万円)となっている。この金額は、日本で同様の仕事をしている実習生と変わらない。
「新型コロナウイルス感染拡大の影響で、台湾は外国人労働者の新規入国を一時止めました。その結果、人手不足が深刻化し、外国人労働者の争奪戦が起きた。そんなこともあって賃金が急激に上がったのです」
そう解説してくれたのは、台北市内で人材派派遣会社を経営する呉家祥さん(60歳)さんだ。呉さんの会社では、インドネシアやフィリピン出身の外国人介護士を台湾人家庭に斡旋している。
外国人介護士は今年8月末時点で23万人近くに上るが、その9割以上が高齢者の自宅に住み込んで働いている。住み込み介護士には最低賃金が適用されず、政府は別途、最低保証額を定めているが、2016年以降「月1万7000元」に据え置かれたままだった。そのため残業代を含めた平均賃金も月2万533 元(約9万5000円)と、製造表の外国人労働者と比べて1万元以上も低かった。
住み込み介護士の仕事は、他の外国人労働者よりも長時間に及ぶ。にもかかわらず賃金が安く抑えられているのだから、介護士たちの不満が募って当然だ。そうした不満を鎮め、またコロナ禍で減った介護士たちを海外から呼び戻す目的もあってか、台湾はやっと昨年、最低保証額を月2万元へと引き上げた。
外国人労働者の引き留め策
一方で、介護士を含めた外国人労働者を台湾に引き留めるための政策も始まった。外国人労働者が台湾で働けるのは介護士で最長14年、介護士以外は12年だった。そこに昨年、無期限で就労できる資格を新たにつくったのだ。
しかし、異国で、長期にわたって現地の人の家に住み込んで仕事をするのは大変だ。ましてや高齢者の介護は肉体的、精神的にも厳しい。呉さんによれば、介護士たちは3年契約を一度更新し、6年程度で母国へ戻っていくケースが多いのだという。
「国に帰って結婚したり、すでに家庭があって出稼ぎしている人であれば、家族のことが心配になりますからね。台湾で6年働けば、母国に土地や家を買ったりすることもできる」
呉さんは元軍人だ。20年近く前に退役し、外国人労働者の人材派遣業界に入った。当初は友人と共同で会社を経営していたが、2019年に独立して今の会社を始めた。
「台湾人の間には外国人介護士へのニーズが高い。そして介護士たちの役にも立てる。意義のある仕事だと思って始めたんです。その思いは今でも変わりません」
呉さんの会社では「数百人」の介護士を斡旋している。かなりの規模だが、「儲かってはいませんよ」と苦笑する。台湾と日本の制度の違いが影響してのことだ。
日本の実習生の場合、就労先への仲介は「監理団体」が担い、民間の人材派遣会社は参入できない。一方、台湾では政府の認可を受けた派遣会社が仲介する。そしてもう一つ、日本との大きな違いが、仲介手数料の上限が法律で定めてあることだ。
その額は、外国人が就労した初年度は月1800元(約8400円)、2年目が月1700元(約7800円)、3年目以降が月1500元(約7000円)と次第に下がっていく。日本の監理団体が月3万〜5万円の「監理費」を徴収するのと比べるとずいぶん安い。だからといって、日本と台湾で仕事内容に大きな違いがあるわけでもない。