オトナの教養 週末の一冊

2013年12月26日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

毎年、正月休みを旅行に出掛ける方はさておき、家で過ごすと特段やることもおもしろいテレビ番組もなく、暇を持て余してしまう方も多いのではないでしょうか。
そこで「オトナの教養 週末の1冊 特別編」と題し、同コーナーに登場していただいた3人の識者の方々に、刊行年に関わらず「今年読んだ本のベスト3」とその理由をあげてもらいましたので、休みの間の読書の参考にしていただきたいと思います。

 まず、初めに本を紹介していただくのは「日本人はどのように『作られた』のか?」で登場いただいた愛知県立大学日本文化学部准教授で、日本近現代史がご専門の與那覇潤氏です。

與那覇氏:「今年印象に残った3冊ということですが、1冊目は、批評家の福嶋亮大さんが10月に出された『復興文化論 日本的創造の系譜』(青土社)を推したいですね。文学作品を中心に、古代(柿本人麻呂)から現在(宮崎駿)までの日本文化史を独自の観点で描きなおそうとした、本当にスケールの大きな本。文中で、恥ずかしながら私の『中国化する日本』(文藝春秋)もとりあげていただいているのですが、個人的にはむしろ、一番鋭い批判をいただいたなと感じているんですよ。

『復興文化論 日本的創造の系譜』
(福嶋亮大、青土社)

 私の中国化論も日本通史を再構成する試みではあったのですが、基本的に悲観論なんですよね。日中比較をすると言っても、基本的に見ているのは政治と経済の話で、日本人は明治維新で西洋化したとか思っているけれど、実は結局「中国化」か「再江戸時代化」しかできていませんねと。民主主義にせよ社会福祉にせよ、どうして西洋的な近代社会を日本人は――中国人と同様――実現できないのか。そういう嘆き節だったわけですが、福嶋さんの本はむしろ文化に着目することで、まったく新しい日本史の全体像をポジティヴに描き出そうとしているんです。戦乱や災害の後の復興期に、日本人がいかに文化を通じた自己回復や、新たな価値観の創出をなしとげてきたのかという形で。

 そのこと自体が、これまでの「日本文化論」への批判にもなっている。日本文化の特徴ってなんですかと聞かれたら、なんとなく無常観とか侘び寂びだとか、とかくこの世はむなしいって感じですよ、みたいについ答えてしまうじゃないですか。福嶋さんの見るところ、今や海外で日本文学を代表する存在になった村上春樹にしても、世俗から一歩引いた男性主人公が万事に「やれやれ。」とため息をつくといった雰囲気で、まさしく現代版諸行無常の美学みたいに消費されている。でも、日本文化って本当にそれだけですか? と問いかけているわけです。

 議論の射程としても、決して文学限定のものではないと思います。たとえば、日本人にとってのネーション(国民共同体の意識)というものは、むしろ江戸時代のあいだに、中国史上の王朝滅亡を描く物語の享受を通じて仮想世界の中で育まれたという観点は、歴史研究にとっても重要だし、今日のサブカルチャーやネット空間に見られるナショナリズムがどこか地に足がついていないというか、マンガチックなことの起源として捉えることも可能でしょう。

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